奏玲通信/横浜市青葉区、田園都市線青葉台駅でのはり・きゅうの鍼灸治療院は、奏玲治療室(そうれいちりょうしつ)へ

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奏玲通信

今日はプチ研修会でした

 

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 今日は4名の鍼灸師が集まって、私の治療室で研修会が開かれました。テーマは「 鍼の刺激でコリを取るのではなくて、鍼で気の流れを整えることにより、患者さんの自己治癒力を高めて、自然にコリがほぐれてゆくというような治療はどうすれば可能か」 そういう技術研修をしました。

 一人の方に患者さん役になってもらい、脈の変化やお腹の様子などお互いに感じながら進めていきます。

 同じ患者さんでも状態は常に変化しているので決まったやり方で対応というのはあり得ないのです。

 レノも先生方の足元で参加…というかcoldsweats01

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気の光

 

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 夜中にまぶしくて吉本ばななさんが目を覚ましたら、いっしょに寝ていた猫が光っていた。これは現実のこと?それとも夢の続き?そんな議論はどうでもいいことです。光る猫にいやされて気持ちがやすらぐ。そういう心の奥底からわいてくるものこそ大切にしたいものです。     

~~~~  そういうすごいことに比べたら、お金のことだとか人間関係の悩みに時間を割くことがもはや冒涜に思えてくるくらいだ。こんなふうな奇跡が毎日待ち構えているのに、見ようともせず耳をふさぎ、あえて苦しんでいるのが人間というもの。  夜中の猫 : 吉本ばなな著「イヤシノウタ」新潮社から引用  ~~~~

 健康とは、光り輝くことだと思います。レノが私に笑いかけたときにレノの頭や背中から無数の光の玉が飛び出したり、治療した後の患者さんの体が光に包まれたり、そんなふうに、命あるものは光を放ちます。でもその光は、網膜で感知できる可視光線とは異なるものです。  私は20年以上前に網膜の病気で失明して、今は光を感じることができません。部屋の電灯が着いているのか消えているのか、電灯に目を近づけて電源を入れたり切ったりしても全くわかりません。網膜が光を感知できないのだから視界は真っ暗闇だと思うかも知れませんが、意外にも私の視界は光に満ちあふれています。私が見ているその光というのは、外界の光とは無関係なもので、病気で変性した網膜が無秩序に発している活動電位によるものです。私の網膜から発する無秩序な活動電位が視神経を伝わってゆき、最終的に大脳皮質の視覚野に投射されて光が見えるような感覚が生じます。ですから私が感じる光は、外界からの光とは無関係な幻のようなものなのです。  このような光は、正常な目の人でも感じることができます。例えば、眼を閉じた状態で眼球を軽く圧迫して網膜を刺激すると、光が眼に差し込んでいないのに光の感覚が生じます。あるいは、暗室内で気持ちをゆったりさせていると、雲のような光・小さな星のような明滅・青や緑や黄色などの淡い色彩・格子状の光などが見えることがあります。このような感覚は「眼内閃光」とか「内部視覚」と呼ばれています。  私は失明した当初から光を感じていましたが、それは変性した網膜が発する無意味な幻だと思っていました。こんな光の幻に惑わされていたのでは正確な診断や治療はできないと考えて、治療中はその光を意識から遠ざけるようにしていました。しかし、哲学者の中沢新一氏の著書に出てくる「内部視覚:Entoptic」というものに出会ってから、光に対する私の考え方は変わってゆきました。     

~~~~  タスマニア先住民が描いた図形・旧石器時代の洞窟壁画・ケルト遺跡の文様など、世界中から発見される不思議な模様は、内部視覚から出現してくる光を幾何学的なパターンとして表現したものである。  このような光の模様は、現在ではアマゾン川の奥地の先住民の間に残されていて、彼らは幻覚性植物が誘引する内部視覚において光現象を体験している。  20世紀になると化学的研究が行われるようになり、電気的刺激によって出現する内部視覚の光の模様は、アマゾン川先住民が見る光の模様とよく似ていることがわかった。  アマゾンの先住民や光の模様を洞窟に描いた旧石器時代の人々は、内部視覚の光をスピリット(精霊)とのコンタクトの兆しと解釈し、現代の生理学者たちは視神経を伝わる活動電位だと解釈したのだが、どちらも内部視覚が心の活動の底に触れているという点では一致している。  心の活動の底の部分がスピリットとの接触場所であり、スピリットの力の源泉である銀河の空間だと古くから考えられていた。  (以上、中沢新一著「神の発明」講談社から抜粋して要約)     ~~~~  

 銀河の空間がスピリットの力の源泉であるとするならば、内部視覚による光は生物のエネルギー源である「気」の輝きだとも解釈できるのではないでしょうか。目の内側で発する光を無意味な幻視だとして捨て去るのか、意味あるものだと解釈して現実の生活に取り入れていくのか、解釈次第で光の価値は異なってきます。私の網膜は外側からの光を感知することができないのだから、目の内側から発するこの光は意味のない光の洪水のようなものです。でもその無意味な光をより分けていくと、川底の砂の中から砂金が見つかるように、意味ある光を見出すことができると私は思っています。  その光はいつも治療中に現れてきて、鍼を持つ私の手元に集まり、さらに患者さんの体表を流れてゆき、患部を包み込んで輝きを増します。それを何千回も経験するうちに、幻視や錯覚だとして無視することができなくなってしまいました。アマゾンの先住民や旧石器時代の人々が精霊との交流や銀河宇宙との同化の印だと解釈したように、治療中に見える光は生命の源である気が輝いているのではないかと私は考えるようになりました。  現代社会には、緊張・痛み・苦しみ・憂うつ・無気力が蔓延しています。鍼灸治療により、体を流れる気がより美しく輝くようになれば、リラックス・安らぎ・よろこび・活力がよみがえるものと私は確信しています。

健康とは光り輝くこと

 私は患者さんの手首の脈(橈骨動脈とうこつどうみゃく)に触れて脈診をします。まず治療前に脈診をして、どこのツボにどのような方法で鍼をすべきかを導き出します。治療中も鍼をするごとに脈診をして、その鍼が患者さんの体にどのような影響を及ぼしたかを脈の変化で感じ取ります。そしてすべての治療が終わったら、また脈診をして、心身が治癒の方向へ歩み始めたことを確認します。  

 鍼灸治療の目的は全身の気の流れを整えることにありますが、脈診とは全身の気の流れの状態を診察するために行うものです。病院でも一分間にいくつ拍動するかをチェックしますが、東洋医学的な脈診法では速い遅いだけではなくて、脈が浮いているか沈んでいるか、硬いか軟らかいか、たるんでいるか引きしまっているか、太いか細いか等々、いろいろな観点から脈の状態を観察します。体のどこかに痛みがある場合は堅くて張りつめた脈になり、気分が落ち込んでいたりどこかが冷えている場合は弱く沈んでいて遅い脈になり、カゼをひいて熱がある場合は脈が浮いて速い脈になります。治療を終えて、種々の症状が改善すると、硬かった脈は柔軟に、弱くて沈んでいた脈はしっかりと、浮いて速い脈は落ちついた脈へと変わり、拍動と同期して脈は光を放ち、そして患者さんの体は光につつまれます。私は目が見えないのだから光を感じるわけはないのだけれど、患者さんが健康な状態になると、全身をめぐる気が光り輝くように感じるのです。吉本ばなな著『イヤシノウタ』の「夜中の猫」というエッセイにshine光る猫shineが登場するのですが、それを読んだとき「患者さんの光に似ているなあ。」と感じました。そういうような不思議な光について書かれている本は意外に多いものです。

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我が家の「shine光るかもしれないshine猫」のふわふわちゃん、毎日お花見三昧cherryblossomcherryblossom

2017・4・5 桜の記念撮影

4月5日に毎年恒例の桜と記念撮影。レオ兄ちゃんが応援してくれていたんでしょうか?レノ、いいお顔で撮れました。

お菓子cakeで釣ったり、おもちゃで釣ったりcarouselponyそりゃもう、大騒ぎ…でしたcoldsweats01

盲導犬と共に歩くことと、患者さんを治療することとの共通点

 

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 私はレノを頼って、レノに導かれて歩いているわけではありません。だからと言ってレノがいなくては目が見えない私は障害物をよけつつ真っ直ぐに歩くことはできません。相互に依存しつつ、相互にリードしつつ、協同作業によって歩行が可能になるわけです。

 私の本職である鍼灸治療も、同じような作業をしているんだと感じています。鍼灸治療の根本は、気の流れを整えて、患者さんの自己治癒力をひき出すことにあります。患者さんの自己治癒力によって治るものだったらば、本人にまかせておけばいいということになるかも知れないけれど、そんな簡単なことではないのが病というものなのです。そもそも患者さんが私の治療室に来るということは、自己治癒力がうまく機能していないわけなのだから、そのような状況にどのように対処すればいいのかが問題になってきます。これらの困難を解決するために、患者さんの自己治癒力に頼りつつ、治療者が必要になってきます。このような状況においては、治療者が患者さんに勝る立場に位置するのではなくて、自己治癒力を引き出す過程において、患者さんとともに協同作業を行う立場にいなくてはなりません。治療とは、患者さんの気と治療者の気との相互作用によって行われるものであり、その関係のあり方は、「治療する人」と「治療される人」との関係とは異なるものなのです。そのことを端的に言うならば、命と命の気の交流ということになりますが、さらに言うならば天地人の気の交流ということになるのです。鍼灸治療の根本理念を説いた『黄帝内経』は、人は大宇宙の縮図であり、健康とは天地人の気が調和することだと説きます。天地人の気が調和すると、患者さんの体は銀河が輝くような美しい光を放ち始め、やがて自己治癒力を回復してゆきます。

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レノの缶バッチ作りましたhappy01 お出かけ帽子でさりげなく宣伝中flair

盲導犬という職業は存在する?(その5)~見えない私が判断をせまられるわけです~

 

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今回の写真の主役はピンクの「シグナルエイド」なんですが、レノが…入り込むんです。

東京都内では、signalerが青になるとピヨ・ピヨとかカッコー・カッコーと音で知らせてくれる音響式信号機が多く設置されています。普段は信号機から音は出ないのですが、歩道に設置されているボタンを押すか、私が携帯しているシグナルエイドという発信器のボタンを押すと音響式に変わります。シグナルエイドとは、手の中におさまる大きさで、信号機の近くでシグナルエイドのボタンを押すと、「ピーンポーンnote」と信号機から音が出て信号機の位置を知らせてくれると同時に音響式に切りかわり、signalerが青になるとピヨピヨchickと信号機から音が出るようになります。東京都内ではこの形式の信号機が多く設置されているのですが、残念ながら私が住んでいる横浜市ではほとんど設置されていません。自宅から駅まで三つの信号機を渡らなくてはなりませんが、いずれも音響式ではありません。ですからレノが歩道と車道の段差のところで止まったら、渡っていいのかどうかを私が周辺の音を聞いて判断します。私の前を車が横切れば赤、私と平行して車が通過すれば青だという判断です。人の足音も少しは判断材料になりますが、信号無視して渡る人もいるのでrunng、あまりあてにはなりません。私の前を横切っていた車が止まり、私と平行する車が発進したら、レノに「ゴー」と声かけをします。この方法でこれまで数限りないほど信号を渡っていますが、いまだに慣れるということはなくて、いつも決死の覚悟sweat01という気分です。ましてや私より一歩前を進むレノにしてみれば、もし私がまちがってゴーの声かけをしてしまったら、命を奪われる危険性は私よりもずっと高いわけです。レノは安全に歩く手助けをしてくれているんだから、私もレノを危険な目に遭わせないようにしなくてはと思いながらいつも歩いています。信号機のところで耳をそばだてていると、「青になりましたよ。」「赤ですよ。」と声をかけてくれる人がいます。この声かけはとても助かりますし、とてもうれしく感じます。外出で全神経を集中させなければならないところは、道を渡るときと駅のホームを歩くときなので、そこで声をかけてもらえるとshine地獄に仏lovelyという気分です。

盲導犬という職業は存在する?(その4)導いてもらうのではなくて、歩行は共同作業なんです(≧∇≦)b

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盲導犬を文字通りに解釈するならば、盲人を導く犬ということですね。

 例えば自宅から駅まで行くときに、レノにハーネスを着けて、ハーネスのハンドルを右手で握って、「それじゃあ駅までゴー。」と私がレノに伝えると、「OK」とばかりに、レノは駅までスタスタと歩き始めて、私はそれに導かれて駅まで到着…、なんてことができればラクチンですけど、そうは問屋が卸さないわけでcoldsweats01

私が目的地までの道順を頭に思い描いて、「ストレート・ゴー」とか「ライト・ゴー」とか、レノに指示しなければ目的地にはたどり着けないんです。家を出て、私が何も声かけをしなければ、とりあえずレノはルンルン気分で歩き始めるけどnotes、糸が切れたタコのようなもので、どこへ行くやら、おてんとう様に聞いてちょうだいdog。  

自宅から駅まで行く場合は、玄関を出て外階段を降りたら、駅は左に行くので「レフト・ゴー」と声をかけて左方向へ歩き始めます。盲導犬は道の左側に沿って歩くように習慣づけられているので、私は左手でハーネスのグリップを持ってレノの右側を歩きます。左側にある電柱とか、止まっているバイクとかをレノはよけながら進みます。しばらく歩くと大きな交差点なので、私は車の走行音などの周囲の音を注意深く聞いて、交差点に近づいていることを察知したら、「コーナー」とレノに声かけをします。コーナーとは道の角を意味する指示語で、レノは交差点の角に来ると、左に少し入り込んで止まります。これで交差点の曲がり角に到着したことを私は察知します。その交差点を左に行くと駅なので、「レフト・ゴー」とレノに声かけをして歩き始めます。歩道の左端に沿ってさらに進むと、信号機のある交差点があります。周囲の音や靴底の感覚から交差点に近づいたことを察知したら、「カーブ」とレノに声かけをします。カーブとは段差を意味する指示語で、歩道と車道の縁石・階段の登り口・降り口など、段差になっているところはすべてカーブと言います。レノは、交差点の歩道と車道の境の段差の手前で止まります。こちら側の信号が赤であっても青であっても、いずれにしても止まります。犬は色盲だから信号の赤と青の区別がわからないんだと言う人がいますが、それ以前の問題で、犬に信号機が見えていたとしても、信号機は何をするためのものなのか、信号機の存在理由を認識できないんです。いくら訓練を積みかさねても、赤で止まって、青で歩き始めることを盲導犬がやるのは不可能なんです。だから信号が赤でも青でも、交差点に信号機があってもなくても、いずれにしても歩道と車道の段差のところで止まるか、段差がない場合は角に入り込んで止まるという習慣を訓練で身につけるわけです。  レノも信号がわからないし、私も信号が見えないし、そうなると、赤なのか青なのか、渡っていいのかいけないのか…、これでは駅までたどり着けないから色なんて無視して強行突破?punch そんな無謀なことはできないしね。2017・3・20パンジーとレノ(縮小).jpg

先日の月曜日はお天気よくてお母さんとお散歩。レオ兄ちゃんとよく行った「たちばな台公園」です。いつもお花がきれいtulip

盲導犬という職業は存在する?(その3)イヤなことはやりませんU^ェ^U

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 みなさんのおうちのワンちゃんは、イヤなことや怖いと感じることはしないですよね。それは盲導犬も同じです。歩くことが大好きで、人と一緒にいることが大好きで、おだやかでやさしい性格の犬たちが盲導犬の候補生として選ばれて、その特性を伸ばすために、うまくできたらたくさんほめてあげて、楽しく訓練が進められてゆきます。障害物をよけながら道の左側に沿って歩いたり、私が電車の椅子に腰かけるとスルスルッと足と椅子の間にもぐり込んだり、段差の前で一時停止したり等々は、一般の人にはご主人様のためにけなげに仕事をしているように見えるのでしょうね。けれども、これは訓練で何回も何回も練習して、そうする習慣になっているから自然にそうしているだけなんです。  レノは盲導犬になって4年が過ぎましたけど、今でも練習は怠りません。「シット・ウエイト・カム・ダウン・ゴー・ストップ・」等々、私が声を掛けて、盲導犬として必要な動作の練習を毎日しています。盲導犬たちは職業意識を持って歩いているわけではなくて、人と一緒に歩くのが楽しいから歩いているだけなので、練習を怠って習慣がくずれていけば、普通のワンちゃんとおなじような行動パターンになってゆくはずです。レノが電車内で足と椅子の間で伏せていたり、レストランのテーブルの下でおとなしくしていると、「あんな狭いところに押し込められてかわいそう。」なんて言われることがあります。でも、みなさんのおうちのワンちゃんやネコちゃんも、ソファーの下とか、部屋の片隅とか、周りを囲まれた狭いところがお気に入りスポットになっていませんか。レノも、ちょっと狭いところで私とくっついていられるところがお気に入りスポットなんです。

写真は ribbonお出かけおすましレノ  と sleepyソファーにはまるレノcoldsweats01

2017・1・30ソファーにはまるレノ.jpg

新シリーズ連載開始!レノ&ふわふわママの「おもいっきり親ばか日記」

奏玲通信2017春号より 現役盲導犬dogのいる生活cat

※※※※※レノ&ふわふわママの「おもいっきり親ばか日記」その1※※※※※

では、あらためまして登場人(?)物のご紹介

\(^o^)/レノ

shine盲導犬歴4年shineレノ6才​ いつもハッピー明るいキャラが自慢です。お父さんとお出かけ大好きheart04只今ACジャパンの「盲導犬会議」というCMに出演中。

ふわふわ11才

heart01ふわふわ11才heart01 福島県飯舘村出身。仮設住宅で飼われていたのですが体調を崩し横浜のシェルターに保護されました。2014年1月にうちの子に。しっかり者。

そしてIMGP0431.JPG

時々登場予定お空のレオ兄ちゃん(2016年11月20日お空へ)

catcat『ふわちゃん!健康診断shine合格shine』の巻catcat

  ふわふわちゃんが青葉区の犬猫保護シェルター「おおあみ避難所」に保護されたのは2012年のこと。当時腎臓の状態が非常に悪く点滴をしていました。シェルターの皆さんの献身的なお世話でかなり改善されましたが、我が家に来た頃は10日に一度くらいの点滴が必要でした。

  腎臓が弱っている子の場合、日々の食事には色々配慮が必要です。リンを摂りすぎないようにサプリも一緒に。

ふわちゃんのごはんとレノ.jpgトッピングがうらやましいのか、いつもレノがのぞきに来ます。

「ふわお姉ちゃんのごはんはいつもおいしそうですよ~catface

水分も多めに摂りたいのでお野菜スープも欠かせません。

みんな大好きお野菜スープ.jpg

お野菜スープはレノも大好き!レオ兄ちゃんも毎日楽しみにしていましたねconfidentふわふわちゃんは「鱈」がお好きなグルメお嬢様。

日々色々気をつけてるとはいえ、年2回の血液検査は大切です。先日していただきました。

ふわちゃん健康診断.jpg腎臓の働き具合の目安となるクレアチニンのの値もボーダーながら正常範囲に入り、尿検査も問題なし。甲状腺機能が少し心配ですが「定期的に様子を見ましょう」ということでした。もちろん点滴などの必要はありません(ホッとhappy01)  

しか~し!

昨年から歯肉炎の治療中なんです!

病院では洗濯ネットに入ってね.jpg

「なんかムカついてきたわねpout危険なので洗濯ネットに入っていただきます。

長年蓄積していた歯石がもとで歯肉炎になっていました。初めのうちはお薬がしみたんでしょうangry大暴れimpact先生方やママに噛みついたりひっかいたりannoy負傷者続出。

最近は炎症もひいて腫れていた歯茎もこの通りもう少しです。ふわちゃんもおとなしく治療を受けられるようになりました。只今治療中.jpg

ふわふわちゃんも頑張っていますが、辛抱強くふわちゃんを治療してくださる可愛動物病院の先生方いつもありがとうございます。

治療室の斜め向かいに動物病院があって本当にしあわせです。レオ&ふわ&レノみんなでお世話になっています。

レノ歯磨き.jpg

「ふわお姉ちゃんもレノみたいに毎日歯磨きすればいいんですよ」(フガフガ…)

あっぷのふわちゃん.jpg

「わかってるわよっ!pout(今後の努力目標…でもちょっとだけやらせてくれます)

 

  cherryblossomcherryblossom奏玲通信の発行が始まったのは治療室を開業してほぼ一年後、2004年の冬号からです。親ばか日記も「レオママ」から「レオ&レノママ」に、そして「レオ&ふわ&レノママ」と家族が増える度に親ばか度もアップ。12年間継続連載中です。レオ兄ちゃんがお空に旅立ってさみしくなりましたがまだまだ続きます。今回からお読みになる方もいらっしゃるので新シリーズとさせていただきました。これからも奏玲通信「室長の健康アドバイス」「思いっきり親ばか日記」をどうぞよろしくcherryblossomcherryblossom

 

 

 

 

「気にしなければ気は流れます」(奏玲通信2017春号)

お雛様お小さなチューリップ

  tulip日差しに暖かさを感じる日も増えてきました。寒かった時期を越えて木々も緑の葉をつけていきます。大きなエネルギーが動く季節、自然の変化とともに体調も刺激を受けやすい時です。休養をしっかり取って変化に負けないようにしたいものです。東日本大震災から6年、その間もずっと仮設住宅や他県で過ごしている方がまだまだたくさんいることを心に留めて支援を続けていきましょう。tulip

 

※※※室長の健康アドバイス「気にしなければ気は流れます」 (奏玲通信2017 春号より)※※※

  どんなに名優と呼ばれる俳優も、初めて演じる劇の台本を手にした時には、とことんセリフを読み込み、イメージし、役の世界に入り込んでいきます。やがて自分の身体の存在を忘れ、その役になりきることで、迫真の演技を繰り広げます。私たちが歩いているときに、足の出し方や手の振り方を一つ一つ意識していたら、ぎこちない歩き方になってしまいます。仕事をしているときに、自分の体を一つ一つ意識していたのでは能率は上がりません。食欲もお通じも睡眠も仕事も、順調な時には自分の体の存在は意識に上らないし、胃腸は順調に消化吸収し、筋肉や関節も順調に動いています。そのように「順調なとき」というのは、命の源である「気」も全身を滞りなく流れています。

  東洋医学で言うところの「気」とは、命の源・活力の源であり、また精神の源でもあるので、気が順調に流れていれば身も心も軽快です。食べたものがもたれて胃が気になるとか、動悸がして心臓が気になるとか、寝る前に耳鳴りがして気になるなど、不調な部分を意識すればするほど、症状がどんどん悪くなるように感じてしまいます。病院で検査をしても異常は見当たらないから「病気ではない」と言われて、それでも体調が気になるということで私のところに来られる方は少なくありません。病院の検査で「異常なし」でも、脈の拍動の状態・お腹の緊張の状態・皮膚のきめや寒熱の状態など、東洋医学的な診察をすると、不調な部分の気が滞っていたり不足していたりなどの何かしらの異常が必ず見つかります。

  気は、手・足・内蔵・脳・目・鼻・耳等々、全身をまんべんなくめぐっています。体のどこに気が不足しているか、どこに滞りがあるかを診察して、鍼とお灸で不足している部分に気を補い、滞っている部分の気の流れをよくします。全身の気が順調に流れ始めると、不調な部分の存在が気にならなくなり、体調も回復してゆきます。自分の体を意識しないでいられるということが健康的なことであり、それが理想的な生き方なのではないでしょうか。

  般若心経には「色不異空 空不異色 色即是空 空即是色」とあります。身体は空に異ならず。空は身体に異ならず。空というのは何も無いことではなくて、空という状態はそのまま健全な身体があることです。あるがままの身体はそのまま空であり、空であるということはあるがままの身体があるということです。そういう考え方の中から、とらわれのない自由で健康な生き方が出てくるのではないでしょうか。 

盲導犬という職業は存在する?(その2)

2017・3・5今日は本部会.jpg3月5日(日) 今日は神保町の教育会館で東洋はり医学会の本部会です。7時半に先生とレノは元気に出発しました。

   「盲導犬は長生きできない」なんていう流言飛語を否定するだけの根拠はないものかとネットで検索してみたら、日本獣医生命科学大学獣医学部の先生が中心となって調査した「盲導犬の平均死亡年齢について」という論文がヒットしました。これは盲導犬として実働していた447頭の死亡年齢を調査したもので、それによると平均寿命は12歳11カ月で、死亡年齢が15歳を超える割合は28%で、家庭犬の平均寿命の調査に比較して高いという結果が出ています。

 盲導犬は定期検診をしっかり受けているし、健康的な食生活だし、たくさん歩くし…。でも、それよりなりより長生きの秘訣は、ストレスが少なくて無理のない人生(犬生?)を送っているからだと思うんです。  もちろん長生きすればそれでいいというわけではなくて、若くして亡くなっても幸せな一生を送った盲導犬だってたくさんいるのだから、どれくらい生きたかではなくて、どのように生きたかということが大切なんですけどね。

 

※盲導犬の平均死亡年齢について 水越美奈,下重貞一 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssdr/1/1/1_1_60/_article/-char/ja/

2017・2レノ&ふわ寝落ち.jpg

「レノとふわちゃんいつの間にか寝落ちの夜。」レノはどうしてもヘソ天がいいらしいです。

レオ兄ちゃん笑ってるよcoldsweats01

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