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鍼 ~気を調えるもの~

鍼 ~気を調えるもの~

鍼:ハリを用いる治療方法は、今から二千年以上前の中国で誕生しました。
いつ頃日本に伝来したかは不明ですが、奈良時代の大宝律令(西暦701年)の医療制度の中に
「鍼師」という記述があり、千数百年前の日本でもすでに鍼治療が行われていたことがうかがわれます。

江戸時代に入ると、庶民の間でも鍼治療が広まり、数多くの名人鍼師が活躍しました。
しかしながら明治維新を境にして、医療制度が西洋医学に一本化されて、
鍼治療は衰退のうきめを見ることになります。

昭和から平成にかけては、西洋医学の限界や問題点がうきぼりになり、
それを補完するものとして鍼や漢方薬などの東洋医学が注目を集めるようになりました。
現在の欧米諸国においても、鍼治療が盛んに行われており、
また鍼の効果のメカニズムの解明も進みつつあります。
このように悠久の歴史を有し時代の最先端を行く鍼ですが、世間の理解度はいまひとつのように思います。
縫い針・注射針・画鋲等々、どれも刺さると痛いです。

鍼治療というのは、そういう痛そうなものを体に突き立てて筋肉や神経を刺激することだという
固定的な観念が世間に流布しているようです。
鍼治療にはいろいろなやり方や流派がありますが、
私は経絡治療:ケイラクチリョウというやり方を行っています。
これは世間が思っている鍼治療とは、少しばかりその有様を異にしています。

このパンフレットをお読みになり、またなりよりも鍼治療をお受けいただくことで、
固定的観念を払しょくして、真の鍼治療のすばらしさを実感していただきたいと願っています。

目次

    1. 鍼の意味
    2. 現在使われている鍼
    3. 鍼の太さと長さ
  1. 鍼治療のやり方
    1. 現代西洋医学的なやり方
    2. 東洋医学的なやり方
    3. 私が東洋医学的なやり方を行っている理由
  2. 目的は気の調和
    1. 手で行う診察と治療
    2. 気は通い合う
    3. 鍼は気の流れを調えるための道具
    4. 道は気、気は道
    5. 気はどこからきて、どこへゆくのか
    6. 森羅万象は流れる気
  3. どんな病気に・どうして効くの?
    1. 効果が期待できる病気
    2. 更年を生きる ~ 赤ちゃんからお年寄りまで ~
    3. カゼの予防そしてカゼからの回復力を高めるために
    4. 鍼で頭寒足熱
    5. 病は気から ~ 心のケア ~
    6. 自律神経失調症
    7. アレルギー症状 ~ アトピー性疾患 ~
    8. 元気な命の誕生のために
    9. 冷やさない方がいい場合 ~ 自然治癒力を引き出すために ~
    10. 消化性潰瘍
  4. 気の医学
    1. 大自然の気と身体を流れる気
    2. 大自然と人体の共通法則 ~ 陰陽論・五行説・五運六気 ~
    3. 元気で長生きの秘訣
    4. 共通感覚
  5. 無為自然の生き方
    1. 水のように生きる
    2. 自然との一体感
    3. ロハスへの道
    4. 美しい姿勢
    5. ストレス対処力を高めるために
    6. 癒えるまでの道
    7. こだわりとあきらめ
  6. 安心して効果的に治療をお受けいただくために
    1. 治療のときの服装は
    2. 飲食や薬は
    3. 診察から治療までの流れ
    4. 治療の後は
    5. 治療の回数と間隔は
  7. 終わりに

A 鍼:ハリ

1 鍼の意味

治療で用いるハリは、古来より「鍼」という漢字を使ってきました。
「咸」は、「あまねし」・「すみずみまで広くゆきわたる」という意味があり、
神様にささげものをした後に大声で神様を呼ぶことを表しているそうです。

金偏に咸ですから鍼は金属製で、金・銀・ステンレスなどの材質のものがあります。
金属というのは引き締まっていて緻密な物質で電気をよく通します。
でも電気の「気」だけではなくて、宇宙の原動力となっている天の気や地の気、
命の源となっている人の気をも金属は集めたり通じさせたりすると言われています。

金属を細くして先をとがらせたものが鍼です。鍼の先端には気が集まります。
気が集まる鍼先を、からだのツボに当てます。
そうすると気がからだのすみずみまであまねくゆきわたります。

鍼は縫い針のような形状なので、刺そうと思えば筋肉の奥深くまで入りますが、
そんなに深く刺さなくても効果はあります。なぜかというと、
治療点である経穴:ケイケツ(いわゆるツボ)というのは体表の浅い部分にあるからです。
からだの表面のところで、気が奥の方からわき上がってくる部分とか、奥の方に流れ込む部分とか、
あるいは浅い池のように気が集まっている部分とか、
経穴とは少しの刺激で大きな作用があるポイントなので、そこに鍼の先端を当てるだけで、
その効果が体内の奥の方までゆきわたります。

2 現在使われている鍼

二千年前の中国で編纂された『黄帝内経』:コウテイダイキョウという医学書には、
九種類の鍼についての説明があります。それは九鍼:キュウシンと呼ばれていて、
様々な形状のものがあり、様々な用途で使われていました。

例えば、先端がメスのような形をしていて
皮膚を切り開いて膿をとり除くのに用いる鍼があります。
あるいは先端が鋭くとがっていて杖のような形をしていて、関節に水がたまったときに、
関節の中に深く刺して水を排出させるために用いる鍼もあります。

中国古代の名医である華佗:カダは、麻酔を最初に発明したと言われていて、
麻沸散:マフツサンという麻酔薬を使って腹部切開手術をしていたそうです。
ですから華佗が手術をするときは、九鍼を巧みに使いこなしていたはずです。

このように書くと、鍼の治療はとても痛いのではないかというイメージを持たれてしまうかも知れません。
でも九鍼の種類は、関節の中に深く刺し入れたり、皮膚や筋肉を切り開くためのものばかりではありません。

例えば、鍼先が尖っていなくて、球形になっている鍼があります。
この鍼は現在も使われていて、私も小児の治療によく用いています。
赤ちゃんから小学生くらいまでの子供は気の流れが繊細なので、
鍼の先端の球形の部分を皮膚にそっと触れるだけでも十分な効果があります。

また、髪の毛ほどにきわめて細い毫鍼:ゴウシンという鍼があります。
「毫鍼は針先が蚊やアブのくちばしのような形状で、これを静かにゆっくりと刺してゆき、
かすかに刺したら、それ以上は刺さないでしばらくとどめておくと、気を養うことができる。
痛みやしびれの症状に効果がある。」というように『黄帝内経』に書かれています。
蚊に刺された瞬間というのは、いつ刺されたのかわからないほどですが、
毫鍼も刺したときの感覚はその程度のものです。

現在の日本で使われている鍼というのは、この毫鍼のことです。
皮膚を切り開いて膿をとり除く鍼や、関節の中に深く刺して水を排出させる鍼は、
現在の日本では使われていません。

3 鍼の太さと長さ

「ハリ」と言えば注射針を思い浮かべる人も多いことでしょう。
献血で用いる注射針の太さは18ゲージから16ゲージです。
ゲージという単位は数値が小さくなるほど太くなります。
18ゲージとは、外径が1.2ミリで、内径が0.94ミリです。

鍼治療で用いる鍼の太さは、細いものを一番とし、順に太くなります。
一般には一番から五番までがよく用いられています。一番の太さは0.16ミリで、五番は0.24ミリです。
髪の毛の太さには個人差がありますが、太いものは0.15ミリだそうですから、
鍼の太さは髪の毛よりすこし太いくらいです。
18ゲージの注射針の内径が0.94ミリなので、鍼は注射針の中に入ってしまうほどで、
息を吹きかけるとたわんでしまうようなきわめて細いものです。

日本でよく用いられている鍼の長さは、一寸三分(約4センチ)と一寸六分(約5センチ)です。
4センチの長さの鍼をめいっぱい刺す治療方法もありますが、私は深く刺すことはせずに、
皮膚に鍼先を接触させる程度の刺し方で治療をしています。
深く刺して強く刺激した方がより効果が上がると思っている人が多いようですが、
皮膚の表面に鍼先が触れる程度の刺激でも十分な効果が得られるのです。

鍼も道具ですから、どのような考えにもとづいて使うか、あるいは用いる人の技能によって、
様々な使われ方がされています。大別するならば、現代西洋医学の考え方に基づいた鍼治療と、
東洋医学の考え方に基づいた鍼治療があります。

B 鍼治療のやり方

1 現代西洋医学的なやり方

現代西洋医学の考えに基づいた鍼治療のやり方があります。
その代表的なものが鍼通電療法と呼ばれているものです。

鍼通電療法のやり方は、腰椎から神経が出てくるところまで鍼を深く刺したり、
緊張している筋肉の中心部分まで鍼を刺します。そして刺した鍼にコードを付けて電気を流します。
電気刺激を受けた筋肉はピクン・ピクンと動きます。
その状態で数分間電気を流し続けると痛みがやわらいだり、筋肉がゆるむことがあります。
しかし、この鍼通電療法は、私が現在行っている東洋医学の考えに基づいた治療とは、
そのやり方も考え方も大きく異なります。

2 東洋医学的なやり方

「元気」という単語を国語辞典で引いてみると、次のように書いてあります。

~~~~~~~~~~~~
1 心身の活動の源となる力。
2 体の調子がよく、健康であること。
3 天地の間にあって、万物生成の根本となる精気。
~~~~~~~~~~~~

1と2はわかりますが、3はどういう意味でしょうか。

二千年以上前に編纂された鍼治療の原典『黄帝内経』は、
老子や荘子が説く自然観の影響を強く受けています。

宇宙を満たしている気と、人間の生命の営みである気を同じものととらえ、
この気の流れによってすべての現象を説明するというのが、老子や荘子における万物生成の考え方です。
すなわち、宇宙の根源は混沌状態の元気であり、森羅万象の生成の根源でもあります。
この元気から陰陽が分かれて、陰の気と陽の気が現れます。次に陰の気と陽の気が交わって和気を生じ、
この和気から生命などの万物が生じてくると考えます。

荘子は、「人の生命は気の集まりである。気が集まったのが生命であり、消散したのが死である。」
というように説いています。宇宙では気が集まったり散じたりしています。
生命はそういう気の流れが作り出す現象とみているわけです。

『黄帝内経』では、宇宙と人体は相関していて、自然は大宇宙であり、
人体は小宇宙であると考えます(天人相関)。大宇宙と同じように、小宇宙の身体にも気が流れていて、
経絡:ケイラク(経脈と絡脈)というルートを通じて全身に気がめぐります。

身体には自然治癒力が備わっています。身体を流れる気が不足したり滞ったりすると、
自然治癒力が失われて病気になります。鍼治療により、不足している気を補ったり、
滞った気の流れをよくしてあげると、自然治癒力が回復して病気は治ってゆきます。
「元気で健康」というのは、体を流れる気が調和している状態のことであり、
「病気で元気がない」というのは、気が不足していたり、気の流れがうっ滞していたりして、
体を流れる気が不調和な状態のことを意味しています。

気が流れるルートである経絡は、皮膚・筋肉・骨・内臓などを網羅して、全身をめぐっていますが、
皮膚の浅いところをめぐる経絡には、気の出入りするポイントが多く点在しています。
これが鍼治療を施すツボで経穴:ケイケツと呼ばれています。

皮膚の浅いところにある経穴には、鍼を深く刺す必要はありません。
鍼先をやさしく皮膚に接触させて軽く当てているだけで、十分な治療効果が現れてきます。
そのようにして、気の不足を補ったり、うっ滞している気の流れをよくするなど、
全身の気の流れを調和させれば、自然治癒力が高まり健康な心身をとりもどすことができるのです。

これが東洋医学の考えに基づいた鍼治療で、現代の日本では経絡治療として発展してきました。
私はこの経絡治療という方法で、もっぱら日々の臨床を行っています。

3 私が東洋医学的なやり方を行っている理由

かなり前のことですが、
私も現代西洋医学的な考えに基づいた鍼通電療法を行っていたことがあります。
患者にも自分にも治療をしていました。それを続けていて、次のことに気づくようになりました。

鍼通電の後に、痛みがとれたところの皮膚を触ってみると、潤いがなくなり、冷たくて、
生気が失われたような感じになります。また、治療後に筋肉の緊張はとれるけど、
筋肉がたるんで、本来の筋肉のしなやかさや力強さが失われたように感じられます。治療を受けた人は
「おかげさまで痛みはとれましたけど、あの治療の後は気が抜けた感じで、
家に帰ってからぐったりして寝てしまいました。」とおっしゃる方が少なくありませんでした。

鍼通電療法を続けていて、私は次のようなことを思うようになりました。

~~~~~~~~~~~~
 鍼通電療法は、身体にストレスをかけて、感覚を麻痺させているのではないか。
 神経を強く刺激することによって、本来の神経の働きを衰弱させているのではないか。
 筋肉に強いストレスを欠けて、筋肉が持っている本来の力を叩きのめしているのではないか。
 刺激が強すぎるので、体力を消耗してしまうのではないか。
~~~~~~~~~~~~

現代西洋医学では、精密な検査機器を用いて、病気の原因がどこにあるのかを探り出します。
そして「腫瘍があれば手術で切りとる・炎症があれば消炎鎮痛剤で抑え込む・
感染症のときは抗生剤で細菌を殺す」等、原因を見つけて、原因を除去しようと考えるのが、
現代西洋医学の基本的な考え方です。
ですから「切る・抑え込む・殺す」というようなやり方が主な方法になります。
現代西洋医学の考えに基づいた鍼通電療法も同じようなことが言えるのではないでしょうか。

一方、世界各地の伝統医術においては、
「生物の誕生の時に肉体に命を吹き込むもの。死の瞬間に出てゆくもの。」というような、
生命エネルギーを前提としてホリスティック(全体観的)な治療が行われてきました。
そのような生命エネルギーを例えばインドの伝統医学ではプラナ、中国では気と呼んでいます。
現代西洋医学では、そのようなものは存在し得ないものだとして無視されてきました。

現代の日本では、気を補い調えることを目的とした経絡治療において、
ホリスティックな伝統が受け継がれてきています。私が日々の臨床で
「身体が温まりました。背中に羽が生えたように身体が軽くなりました。
気持ちがとても落ち着きました。元気が出ました。」という声を聞くことができるようになったのは、
経絡治療を行うようになってからです。

私の治療室には、痛みやコリだけではなくて、
「カゼをひいた。胃の調子が悪い。生理が不規則。だるくてやる気が出ない。気分が落ち込む。」など、
様々な症状の方がこられます。
このような症状に対しては、気を補い、経絡の気の流れを調えて、
自然治癒力を高めることが必要なのです。

C 目的は気の調和

1 手で行う診察と治療

MRIやCTなど、最先端の科学技術を駆使する現代西洋医学においては、
医師が患者に手を触れて診察・治療をすることは極端に少なくなりました。
一方、鍼治療においては、患者が苦痛に感じるところを手で触れ、脈診や腹診をして、
そして治療者の手で鍼を施すというように、終始一貫して患者とのふれあいがあります。

言ってみれば、治療者という命と患者という命のふれあいです。
命とは気の集まりですから、言いかえるならば鍼治療は気の交流ということになります。

私は鍼をする前に患者の手首の脈を診ます。一つ鍼をしたら、また脈を診ます。
そしてまた鍼をして、また脈を診ます。これは脈診:ミャクシンというもので、東洋医学独特の診察法です。

病院でも医師や看護師が脈を診ますが、その場合は、患者の片手の脈をとって時計を見て、
1分間に何回拍動したかを記録します。私が行う脈診は、両手の脈を同時に診ます。でも時計は見ません。

東洋医学の脈診というのは、脈が速いか遅いかだけではなくて、
血管の堅さ・柔らかさ、太さ・細さ、引き締まっているか・たるんでいるか、
拍動の強さ・弱さ、皮膚の表面に浮き上がっているか・沈み込んでいるか等々、
いろいろな側面から観察します。このような脈の変化により、全身の気の流れの状態を把握します。

例えば、脈が堅いのは全身の気の流れが滞りがちなこと、脈が弱々しいのは気が不足していること、
脈がたるんでいるのは気が体の外にもれ出ていること等々、手首の脈で全身の気の状態がわかります。

また気のルートである全身の経絡のうち、気が不足している経絡はどれか、
気が停滞している経絡はどれかなどを脈診で診断します。
それによって、どこの経絡のどこの経穴に、どんな種類の鍼で、
どの程度の加減で治療するかを導き出します。

2 気は通い合う

どこの経穴に鍼をするかが決まったら、指先でその経穴にそっと触れてみます。
経穴は経絡に沿って点在し、皮膚の表面にあるので、体内と体外との気の出入り口になっています。
患者の皮膚面の経穴に治療者の指先が触れると、それは直ちに脈の変化として現れます。
すなわち、浮いて力なく広がったような脈だったものが引き締まってきたり、
硬くて早い脈だったものが、柔軟で落ち着いた脈になるなど、
いずれにしても気が滞りなく流れる方向へ変化してゆきます。

患者の皮膚に治療者の手が触れたときに脈が変化するのは、経穴を経由して、
治療者から患者へ、あるいは患者から治療者へと気が通いあうためです。
例えて言うならば、半透膜を隔てた濃度の異なる塩水が、
濃度の高い方から低い方へ塩分が滲透してゆくように、
気が不足している場合は治療者の手を通して気が流れ込み、
またうっ滞した不必要な気は治療者の手を通して体外へ放散してゆきます。
これにより体を流れる気の過不足が調整されるのです。

3 鍼は気の流れを調えるための道具

治療者の手が触れるだけでも、患者と治療者との間で気が通い合って脈がよくなるのですから、
それだけでもある程度の治療効果が得られることになります。
でも鍼を用いた方が、より治療効果は高まります。鍼の先端が鋭利になっている理由は、
皮膚を貫いて筋肉の中まで刺し通すという目的のためだけではありません。
鍼 の先端には気が集まります。鍼先が細く鋭利であればあるほど、
それだけ気は収斂して濃厚になります。

脈診・腹診・問診などによって体を流れる気が不足していると診断した場合は、
気を補う目的で鍼を施します。鍼先が目的の経穴に接触すると、
そこから気が経絡に流れ込んで、体に必要な気が補われます。
あるいは気の流れがうっ滞していると診断した場合は、
うっ滞した不必要な気を放散させる目的で鍼を施します。
目的の経穴に鍼が接触すると、そこから不必要な気が体外に放散してゆきます。

このように気の過不足を調節して、前進的に気の調和をとりもどします。
そうすると自然治癒力が高まり、種々の症状が改善し、病気になりにくい体質へと変貌してゆきます。

鍼治療の原典『黄帝内経』には「虚するものはこれを補い、実するものはこれを瀉す。」
と書かれています。
すなわち、体の気が不足していたらそれを補充する治療をし、
うっ滞した余分な気は体外に放散させる治療をしなさいという意味で、
これは鍼治療の大原則となっています。

4 道は気、気は道

中国の気功家のほとんどは
「気は無限に出てくるものではないから、無駄遣いしてはならない。」と言います。
気功家達は、練功法により気を自分で練って作り出して、自分の中に蓄えておきます。
その余剰の気を人に分け与えて治療するのです。ですから治療のために気を出し過ぎたり、
患者のうっ滞した気を自分の体にため込んだりしていたら自分が衰弱して病気になってしまいます。

私は東洋はり医学会で研鑽を積んでいますが、
その会には80歳を過ぎても現役の治療家として元気に活躍している老鍼師がたくさんいます。
その人たちは、鍼の技術向上のための修練は欠かしませんが、
気功家や仙人がやるような特別な鍛錬はしておらず、一般人と同じような日常生活を送っています。
でも老鍼師達は、俗界を離れて山中に住むと言われる、
仙人のような雰囲気を漂わせている人が多いものです。

仙人とは、道を極め、飛翔できるなどの神通力をもち、
老子や荘子を尊崇する道教においては理想とされる神的存在となっています。
宇宙をめぐる気の流れが命の根源であり、それが道です。
「道は気なり」とも言われ、気である道を極めることが道教の精神的支柱になっています。
道教の究極の目標は不老長生です。不老長生を達成するために道をより深く極め、
それによって気をより深く感得し、宇宙の気の流れと一体化してゆきます。

老鍼師が鍼をする手は軽く柔らかく、その姿勢や動作は、
まるで仙人が飛翔しているかのように軽やかです。そしてその鍼にかかると、
どんな症状でもたちどころによくなるので、まるで仙人が神通力を使って治療しているかのようです。

気功家のように特殊な鍛錬をせずとも、鍼治療をすることが道を極めるための鍛錬になるのです。
老鍼師は鍼治療を患者に施すことにより、気をより深く感得し、宇宙の気の流れと一体化してゆくのです。

老鍼師のように、自然体で治療すること。それが自分の気を消耗せず、
患者の病の気を自分に溜め込まないための秘訣であり、不老長生への道となるのです。

5 気はどこからきて、どこへゆくのか

鍼で体の気の過不足を調えるわけですが、補うために必要な気はどこから持ってくるのでしょうか。
また放散させた不必要な気はどこへゆくのでしょうか。

鍼の医学書の『黄帝内経』の骨子とするところは気の調和です。
この本は、老子や荘子の自然観の影響を強く受けています。

宇宙を満たしている気と、人間の生命の営みである気を同じものととらえ、
この気の流れによってすべての現象を説明するというのが、老子や荘子における万物生成の考え方です。
『黄帝内経』では、人体は宇宙の縮図であると説いています。
大宇宙に気が流れているように、小宇宙の人体にも気が流れていて、生命活動の源となっています。
そして体を流れる気が散ずれば、生命現象は消滅し、散じた気は大宇宙の元気へと帰ってゆきます。

ここまで書いてくれば、「補うために必要な気はどこから持ってくるのか。
放散させた不必要な気はどこへゆくのか。」に対する答えは明白になります。
体を流れる気も宇宙の気も同じものなのだから、必要な気は宇宙からいただいてきて、
不必要な気は宇宙に流し去ればよいわけです。

しかしながら宇宙の気を患者に補ったつもりでも、治療者の気を患者に吸い取られたり、
患者の病の気を宇宙に流し去ったつもりでも、
治療者の体内に溜め込んで体調をくずしてしまうという危険は常につきまといます。
その危険を回避する方法は、老鍼師のように、美しい姿勢で力を抜いて自然体で治療することなのです。

心と体が緊張すると、気の流れは止まります。緊張がほぐれると、気は流れてゆきます。

「うまく鍼を刺さなくては...。患者の苦痛をとり除かなくては...。」と、
治療者があれこれ考えれば考えるほど、鍼をする手は緊張して、気の流れが止まってしまい、
宇宙の気の流れから断絶してしまいます。そうなると、自分の気を患者に吸いとられ、
あるいは患者の病の気を自分の体にため込んでしまうなど、自分の生命力が衰弱してしまうことになります。

「自分はただ単に宇宙の気が流れる光ファイバーのような役目を担っているのだ。
自分が治しているのではない。宇宙に流れる気が自分の身体を通して相手に流れていって、
気の流れが調和する。そうすれば相手の自然治癒力が高まってゆくから、後は自然に任せれば大丈夫。」
というように考えれば、こちらの気持ちも楽になるし、
心と体の力もゆるんで気がスムーズに流れはじめます。

6 森羅万象は流れる気

「宇宙の気」などと言うと荒唐無稽な絵空ごとのようですが、
何百万光年かなたのアンドロメダ星雲も地球の日本という島国も、同じ宇宙の中にあるのだから、
宇宙の気は今ここにも流れているのだとイメージすればいいのです。

日が昇り、日が沈み、風が吹き、雲が流れ、季節が移り変わる。
そのような天地自然の現象はすべて命を持った存在であると考えます。
また、政治や経済や文化や道徳といった、人間の営みにも生命があると考えます。
その現象を生み出しているものが気の流れです。
宇宙を流れる気のめぐりは、人間社会も天地自然も包含しています。
宇宙をめぐる気の流れが、命の根源であり、道なのです。
これが老子や荘子が説くところの自然観です。

ともあれ、私は自然体で鍼を手に持ち、脈診の結果に応じたいくつかの経穴に鍼を施して、
不足した気を補ったり、よどんだ気を流し去ったりします。
そして最後にまた脈診をして、脈がよい状態になっていることを確認して治療を終えます。
患者の脈がよくなるということは、経絡の気が滞りなく流れて、全身の気が調和し、
自然治癒力が高まることを意味しています。

私は気を調和させて脈をよくしているだけであって、
患者の症状を鍼でとり除いているわけではありません。
気が調和し、脈がよくなり、自然治癒力が高まる。そこで治療を終えます。
治療の終わりは、回復の始まりなのです。

D どんな病気に・どうして効くの?

1 効果が期待できる病気

肩こり・腰痛・ヒザ痛・五十肩が鍼治療により軽快することはよく知られていますが、
世界保健機関(WHO)は、鍼治療で効果が期待できる多くの病気や症状を提示しています。

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上気道疾患=急性上顎洞炎、急性鼻炎、感冒、急性扁桃炎
呼吸器系疾患=急性気管支炎、気管支喘息(合併症を持たない小児に最も有効)
眼疾患=急性結膜炎、中心性網膜炎、近視(小児)、白内障(病状のないもの)
口腔疾患=歯痛、抜歯後疼痛、歯肉炎、急性咽頭炎
胃腸疾患=食道噴門痙攣、しゃっくり、胃下垂、急性・慢性胃炎、胃酸過多症、
慢性十二指腸潰瘍(除痛)、急性十二指腸潰瘍(症状のないもの)、
急性・慢性腸炎、急性細菌性下痢、便秘、下痢、麻痺性腸閉塞
神経・筋・骨格系疾患=頭痛、片頭痛、三叉神経痛、
顔面神経麻痺(初期3~6ヶ月以内)、打撲による麻痺、
末梢神経系疾患、多発性筋炎の続発症(初期6ヶ月以内)、
メニエル病、神経性膀胱障害、夜尿症、肋間神経痛、
頚腕症候群、五十肩、テニス肘、坐骨神経痛、腰痛、関節炎
(WHOの機関誌『WORLD HEALTH』,1979年12月号から引用)
~~~~~~~~~~~~

こんなたくさんの病気に効果があるなんて、まるで総合病院のようです。
なぜ一つの鍼で、こんなに多種多様な病気の治療ができるのでしょうか。
その答は、「気の調和と自然治癒力の強化」です。すなわち、鍼で病気や症状をとりのぞくのではなくて、
体を流れる気を調和させて自然治癒力を高めているのです。治しているのは患者自身の治る力です。

更年を生きる ~ 赤ちゃんからお年寄りまで ~

更年期というと、40歳代後半の女性に特有なものとされていますが、
必ずしもその年代に限られるものではなく、また男性にも更年期はあると考えてもいいと思います。
誰でも一生のうちには、肉体的な変化をする時期が何回もありますし、
社会的環境の変化によって心と体が影響を受ける時期もあります。
そのようなものも更年期と呼んでいいのではないでしょうか。

二千年前に書かれた『黄帝内経』には、人の成長・成熟・老いの課程についての記述があります。
それによると、女性は7年ごとに男性は8年ごとに、
心身が大きく変化する更年の時期が訪れるというのです。
そして、それぞれの時に応じた無理のない生活と養生法をしていれば、
健康的な人生を送ることができると説かれています。

そう考えてみると、子供にも更年期があるといえるでしょう。
離乳食を食べ始めて歯やアゴが発達し、つかまり立ちをし始めたりすると、急速に知能が発達して、
いろいろな物事に興味をもちはじめます。そのような更年の時期に、夜泣きが多くなったり、
人見知りをするようになったり、些細なことが気にいらなくて、激しく泣きじゃくることもあります。
そのような赤ちゃんのことを「かんの虫」と呼ぶこともあります。
あるいは、小学校に入学して体は大きくなってきたのに、あい変わらずおねしょをしているというのは、
その子にとっての更年期だといえるのではないでしょうか。

早送りのフィルムのように心と体が変化する思春期は「心身の更年期」といえるでしょうし、
進学して五月病になりやすい時期や、就職や退職する時期などは「社会的更年期」ともいえるでしょう。

このように更年の時期というのは、赤ちゃんからお年寄りまで周期的に必ず到来するものなのです。
これは、高く飛躍できるチャンスの時期でもあり、より深みのある人生へのチェンジの時期でもあります。
その反面、心身のバランスをくずして、病気になりやすい時期でもあります。
こういう時にこそ、鍼治療で気の流れを調えてピンチをチャンスに変えてゆきましょう。

でも「赤ちゃんに鍼を刺すなんてかわいそう」とか
「注射が嫌いな子供に鍼を刺すのは無理」という声を聞くこともあります。
そのような心配は不用です。

子供の体は気の流れがとても繊細です。ですからほんの微細な刺激で治療効果が現れます。
子供の場合は、先端が球形の鍼を用います。球形の部分を皮膚に軽く接触させるだけで十分なのです。
治療目的は大人も子供も同じ「気の調和」なのですから...。

3 カゼの予防そしてカゼからの回復力を高めるために

生命エネルギーである気は経絡というルートを通って前進をめぐります。
気がとどこおりなく流れて調和がとれていれば、自然治癒力が高まり、病気になりにくい体質になります。
それを科学的に説明すると次のようになるでしょう。

自律神経(交感神経と副交感神経)がバランスよく働いているときは白血球の働きもよく、
病気に負けない体調を保つことができます。
精神的なストレスや過労で交感神経の緊張を強いると白血球のうちの顆粒球が増えてリンパ球が減り、
免疫力が低下してカゼなどの病気をよび込む体調になります。
すなわちリンパ球の数を上げるような生活をしていれば、なかなかカゼにはならないし、
カゼをひいてもこじれることはありません。

鍼治療は、交感神経の過緊張をやわらげて筋肉をほぐし、
血液循環をよくして手足を温める効果があります。そして副交感神経の働きを高めて、
リンパ球を増やして、免疫力を高める効果もあります。

下記の「カゼの予防法チェック」を参考にして生活パターンを変える努力をしながら、
鍼治療によって副交感神経の働きを高めることをしてゆけば、
数ヵ月後にはリンパ球の数値が上がりはじめて、カゼをひきにくくなり、
またカゼをひいてもこじれない体質をつくりあげることができます。

~~~~~~~~~~~~
【カゼの予防法チェック】
規則正しい生活をする         十分な睡眠をとる
食事をきちんととる          偏食(好き嫌い)をしない
果物・野菜を十分に食べる       厚着をしないで薄着に慣れる
日光浴・乾布摩擦などで皮膚を鍛える  うがいをする習慣をつける
手を洗う習慣をつける
~~~~~~~~~~~~

もしカゼをひいてしまっても、単なるカゼ(普通感冒)であれば、
鍼治療で自然治癒力を高めつつ、
「①十分な栄養と水分をとる・②室内の保温・保湿・③十分な睡眠など安静を保つ」の3原則を守れば、
こじれずに数日で回復してゆきます。

4 鍼で頭寒足熱

足元は冷やさないようにして頭はのぼせないようにすること、
すなわち頭寒足熱が健康の秘訣です。

肩こり・のぼせ・頭痛・めまい・耳鳴り・鼻炎・目の疲労感・不眠・便秘・生理痛
などで悩んでいる人は足腰の冷えを併せ持つ場合が多いものです。

眠くなると手足が温かくなるというのが人体の正常な反応です。
でも、なかなか寝付けないという人は、
布団に入っても手足が温まりにくいので筋肉の緊張がとれず、
心と体をリラックスさせることができません。

現代社会においては、手先や頭脳をよく働かせている反面、
足腰はほとんど動かさないという生活パターンになりがちです。
例えばパソコン作業を続けていると頭の方に血液が集まり、足腰の血液循環が悪くなって、
足腰の冷えと首や肩のこり感や目の疲れなどが現れてきます。

散歩や軽いジョギングで下半身の筋肉をよく動かすことにより筋肉運動にともなう
ポンプ作用で足腰の血液循環がよくなって、足腰の冷えや便秘・生理痛が軽減することもあります。

鍼治療で気の流れを調和させて、上半身と下半身の血流のバランスを調えること、
すなわち自律神経のバランスを調えれば頭寒足熱を実現できます。
そうすれば、心も体もゆったりとしてきて、お悩みの症状も改善してゆきます。

5 病は気から ~ 心のケア ~

気は命のエネルギー源ですが、「気持ち」・「気分」などという言葉があるように、
気は物であるとともに心でもあるのです。ですから、人が気の集合であるということは物であり
心でもあるものの集合ということでもあります。

気は流体としてもイメージされるので、気の集合としての人は
川の流れのように常に流れ続けています。この川の流れのようなものが経絡であり、
そこを気が常に流れているのです。

現代医学では精神の座は脳であるとされていますが、東洋医学においては、
精神は流れる身体全体に満ちあふれているものだと考えます。
肝・心・脾・肺・腎の五臓は気の貯蔵庫であるので、精神も貯蔵していることになります。

「イライラ・怒り」、「喜び・笑い」、「思考・智恵」、「憂い・悲しみ」、
「恐れ・不安」などの心の動きは、それぞれの五臓に振り分けられて貯蔵されています。
五臓が健康であれば、悲しむべきときに悲しむ、よろこぶべきときに喜ぶなど、
それぞれの状況に見合った心の変化が五臓から表出されて体全体に満ちあふれます。

「気にさわるようなことなどないのに、いつもイライラして怒りっぽい。」
「何がおもしろいのかわからないけどハイな気分がおさまらない。」
「とりとめのないことばかり思い浮かんで、考えがまとまらない。」
「悲しい出来事があったわけではないのに、憂うつな気持ちがわいてくる。」
「恐れることは何もないのに、不安感が消えない。」など、
五臓の不調によって、その場の状況とは不釣り合いな心の変化が表出してくることがあります。

全身の気の流れを調和させることが鍼治療の目的です。
経穴(いわゆるツボ)に鍼治療を施すことにより、その作用が気の貯蔵庫である内蔵にも伝わり、
内蔵の不調を改善することができます。そうすれば、悲しむべきときに悲しむ、
喜ぶべきときに喜ぶなど、その場に見合った適切な心の変化が五臓から表出してくるようになります。

また、憂うつ・不安・イライラなどを感じている人は心の問題に加えて
体の不調を少なからずかかえているものです。
肩こり・腰痛・頭痛・耳鳴り・不眠などの不定愁訴も鍼で改善してゆくと、身も心も軽くなり、
何回か治療を重ねると、まるで初診のときとは別人ではないかと見まがうほどに
明るくさわやかな雰囲気に変身する人も少なくありません。

6 自律神経失調症

自律神経は交感神経と副交感神経より構成されていて、血管や内臓などを支配し、
それらを協調的に調節しています。

人が活動する際には主に交感神経が活発となり、
心拍数増加・呼吸の亢進・血圧上昇・胃腸運動の低下・胃腸血流の減少など、
運動に適した一連の自律性反応が起きます。一方、食事の際には、胃腸の運動と血流の増大が起き、
休息時には心拍数が減少するなど、主に副交感神経が働いて食事や休息に適した反応が起きます。

自律神経系の働きに支障が生じ、
そのバランスがくずれたために起こる病的な状態を自律神経失調症と言います。
身体的・精神的な負担が加わったり、更年期になって女性ホルモンのバランスが変化することにより
交感神経系と副交感神経系の調和が乱れて、自律神経失調症となることがあります。
具体的には頭痛・頭重・めまい・肩こり・動悸・息苦しさ・手足のしびれ感・手足の冷え・
ほてり・ふるえ・口の渇き・はきけ・下痢・便秘・倦怠感・腹部膨満感・頻尿などの
多彩な不定愁訴が出現します。

現在、鍼が自律神経にどのような影響を及ぼしているのかを究明するために、
多くの研究機関で実験・研究が行われています。その研究成果として、
鍼が自律神経のバランスを調える効果があることが証明されてきています。
すなわち鍼は、交感神経が高ぶっている場合にはその興奮を鎮める方向に、
副交感神経が高ぶっているときはそれを鎮める方向に作用して自律神経のバランスを調えてゆきます。

東洋医学においては自律神経の不調和を気の不調和の状態としてとらえます。

人の身体には十二本の経絡があり、そこを気という生命エネルギーが循環しています。
経絡はちょうど川の流れのようなものです。川がサラサラと流れていれば気持ちよいものですが、
どこかで滞って水が淀んだり、枯渇してしまえば、岸辺の草木にも悪い影響をおよぼしてしまいます。

鍼で気の流れを調えるということは自律神経失調状態を改善することにつながるのです。
そうすれば、日ごろ悩んでいる諸々の症状は自然に解消してゆきます。

7 アレルギー症状 ~ アトピー性疾患 ~

アトピー性皮膚炎、アトピー型気管支喘息、アレルギー性鼻炎(花粉症など)、
アレルギー性結膜炎、じんましんなどのアレルギー症状をアトピー性疾患と呼びます。

細菌やウイルスなどの抗原が体内に侵入してくると、白血球は抗体を作って戦います。
カゼをひいたときの咳やくしゃみ・頭痛・発熱あるいは傷口にばい菌が入ったときに腫れる(炎症)のは、
身体が細菌やウイルスと活発に戦っているときに現れる症状です。

直接的には危害をおよぼさないはずの花粉やハウスダストや特定の食物などに対しても
白血球が抗体を作ってしまう場合があります。
そうなると、花粉やハウスダストなどの原因物質が体内に入るたびに
炎症症状(アレルギー反応)が現れてしまいます。

誰しも多かれ少なかれ種々の原因物質に対する抗体を持っているはずですが、
アレルギー反応が強く出やすい人と、ほとんど現れない人がいます。
アレルギー反応が強く出やすい人は、普段から手足の冷えやのぼせ・汗をかきやすい・
めまい・肩こり・不眠など、自律神経の不調和からくる症状を持っている人が多いものです。

鍼で経絡の気の流れを調えるということは自律神経のバランスを調えることにつながります。
そうすればアレルギー反応が出にくい体質へと改善してゆきます。

8 元気な命の誕生のために

夫婦ともに不妊の原因はないのに、子供ができないという方が来院されることがあります。
そのような方に鍼治療をしていると、「妊娠しました」といううれしい報告をいただくことがあります。
また、さか子の妊婦さんに鍼治療をして、
「さか子が直りました」というよろこびの声を聞くこともあります。

そのようなときに「鍼の力はすごい。」とか「先生のハンドパワーはすばらしい。」
とおっしゃる方が多いものです。でも本当は鍼の力や治療者のハンドパワーで胎児が回転するわけではないし、
妊娠のための特別なツボに鍼を刺せば子供ができるというわけでもないのです。

お腹の中の赤ちゃんは寝ぞうがわるいので、あちこち動き回って居心地のよいところで寝ています。
さか子ちゃんのお母さんは、足や下腹部が冷えていたり、頭がのぼせていたり、眠りが浅かったり、
肩や腰がこっていたり、いろいろな症状をお持ちの方が多いものです。
そのような場合、お腹の中にいる赤ちゃんにとっては、
頭を上にすることが一番寝心地がいい姿勢らしいのです。
ですから鍼の治療でお母さんの種々の症状を改善してあげれば、
赤ちゃんは自分から頭を下に向けて安心して寝るようになります。

また不妊についても同じようなことが言えます。
子供というのは作るものではなくて授かるものだと思います。
人工的な受精を試みる前に、赤ちゃんが安心して眠ることができて順調に成長できる
お母さんの体調作りが必要です。
そうすれば赤ちゃんの国で「このお母さんの子供になりたい」と思っている命が安心して
お腹の中へと降りてくるのではないでしょうか。

二千年前の中国の医学書に次のような記載があります。

~~~~~~~~~~~~
人は大地に生まれ、その命は天(宇宙)につながっている。
天の気と地の気が合したものを人と呼ぶ。人が四季や一日のリズムに順応していれば、
天と地は父母のように人を育んでくれる。天と地をめぐる気の変化に順応している人は、
自然界のリズムを見失うことはなく、体をめぐる気がとどこおりなく流れていれば病気にはならない。
(黄帝内経・宝命全形論篇から意訳して引用)
~~~~~~~~~~~~

宇宙の気(天の気と地の気)が集合した物が命です。
鍼治療で気の流れを調えて大自然のリズムとの調和をはかり、元気な命を育みましょう。

9 冷やさない方がいい場合 ~ 自然治癒力を引き出すために ~

打撲や捻挫などの直後は、組織損傷で生成されるプロスタグランジン(発痛物質)の作用によって
「熱感・発赤・腫れ・じっとしていても痛む」など、急性期の炎症症状が現れます。
そのような場合は、まず第一に安静にして、なるべく早めに、2時間から3時間以内に限定して、
氷嚢で冷やしたり冷湿布を貼ると効果的です。

お医者さんが出してくれる冷湿布は、患部を冷やす成分に加えて、
インドメタシンやケトプロフェンなどの消炎鎮痛剤が配合されているものが大半です。
この消炎鎮痛剤は、プロスタグランジン(発痛物質)が体内で作られるのを抑制して、
熱感や腫れや痛みを鎮める効果があります。

ところがプロスタグランジンには、交感神経の働きを抑える作用もあるので、
プロスタグランジンがないと、交感神経の働きにブレーキがかけられなくなります。
交感神経の働きが高ぶり続けると、顆粒球という白血球が増え、
活性酸素が大量発生して組織破壊が進みます。
すなわち、消炎鎮痛剤を継続的に飲み続けるということは、交感神経緊張状態をつくり出し、
新たな症状をもたらすことにつながります。『免疫革命』で有名な医学部教授の安保徹氏は、
消炎鎮痛剤の使用による交感神経緊張の症状としてつぎのようなものをあげています。

~~~~~~~~~~~~
肩こり  腰痛  不眠  食欲不振  便秘  胃炎  胃潰瘍
高血圧  痔  静脈瘤  子宮内膜症  卵管癒着  不妊  常に疲れている
全身倦怠感  歯槽膿漏  手足の冷え  頻尿  口の渇き(唾液がねばる)
声かすれ  頭重感  関節が重く痛い  不安感  恐怖感  知覚鈍麻
(安保徹著,ガンは自分で治せる,マキノ出版から引用)
~~~~~~~~~~~~

このように、消炎鎮痛剤による対症療法(症状だけをとる治療)は、新たな症状を生み出してゆき、
いたちごっこは永遠に終わりません。

腰や関節が痛くて湿布薬を貼っている人は多いものですが、
「湿布薬の効果を感じない」とおっしゃる人が少なくありません。そのような人に、
いつから痛みがあるのかをたずねてみると、「一週間前から」とか「数ヶ月前から」とか
「もう何年も痛みが...」とおっしゃることが多いのです。

急性期とは、受傷してから72時間以内(文献によっては48時間以内)のことを言います。
その時期を過ぎている慢性の痛みとか、あるいは冷え症やストレスによるコリや痛みというのは、
患部が冷えていて血流が悪く、筋肉や腱が堅くこっているなど、
急性期の炎症による痛みとは性質が異なるものなのです。

慢性の痛みの場合は、交感神経緊張からくる筋肉の過労・過緊張・冷えなどによることが大半です。
そのような場合に消炎鎮痛剤を飲んだり冷たい湿布をすると、
交感神経緊張に拍車がかかって症状が悪化することもあります。

痛みの悪循環から脱却するためには、消炎鎮痛剤の安易な使用を慎むことしかありません。
むしろ温めたりして患部をやわらげて、副交感神経の働きを高めるべきなのです。

鍼治療は、交感神経の過緊張をやわらげて筋肉をほぐし、
血液循環をよくして手足を温める効果があります。そして副交感神経の働きを高めて、
リンパ球を増やして、免疫力を高める効果もあります。そうすれば自然治癒力が高まり、
コリや痛みが徐々に緩和してゆきます。

古代ギリシャの医師ヒポクラテスは、
「病気を治すのは患者自身が本来持っている自然治癒力である。」と語りました。
東洋医学においても、気の流れを調えて人間本来のあり方をとりもどせば後は自然に治ってゆくという
「無為自然」の考え方が根底にあります。
私も「患者の自然治癒力を引き出す」ということを常に念頭において治療に当たっています。

10 消化性潰瘍

消化性潰瘍は胃液中の酸やペプシンによる自己消化によって生ずる
慢性の胃・十二指腸潰瘍のことで、再発再燃を反復して慢性に経過するのが特徴です。

胃酸やペプシンのように粘膜の障害に働く"攻撃因子"と、
粘液や重炭酸分泌、粘膜血流といった粘膜の抵抗力を増強する"防御因子"との不均衡によって
潰瘍が発生するというバランス説により発生のしくみが説明されています。

薬物療法として、攻撃因子としての胃酸分泌に対して、ヒスタミン受容体拮抗薬(H2ブロッカー)、
プロトンポンプインヒビター(プロトンポンプ阻害薬)の出現は潰瘍のコントロールを容易にしました。
しかし再発を予防する確実な方法はいまだ確立しておらず、今後の検討が待たれています。

治療の基本は精神的なストレスの除去や食事療法が必要であるというのが
最新医学の常識となっています。
外科手術の適応となるケースは激減し、穿孔、出血などの合併症がある場合や
難治性の場合にのみ手術がおこなわれています。

胃液の分泌は、自律神経とホルモンによって調節されています。
自律神経のうち、迷走神経(副交感神経)は、胃液の分泌を促し、
交感神経は胃粘膜血流を減少させることによって胃液分泌を減少させます。
精神的ストレスなどにより自律神経のバランスがくずれると、必要なときに胃液が分泌されなかったり、
空腹時なのに必要以上に胃液が分泌されてしまうことになります。

自律神経の不調和は胃腸のバランスをくずすのみにとどまらず、
頭痛・肩こり・生理痛・めまい・のぼせ・冷え性などの不定愁訴をもひきおこします。
医学の進歩により、薬物療法で潰瘍のコントロールは容易になりました。
しかし前述のように、消化性潰瘍は再発再燃を反復して慢性に経過するのが特徴です。

鍼治療により自律神経のバランスを調えてゆけば、
消化性潰瘍の治療・予防とともに不定愁訴の消失という効果も期待できます。

E 気の医学

1 大自然の気と身体を流れる気

鍼の治療について書かれている『黄帝内経』という医学書は、
今から2000年前の中国の漢王朝の時代に編纂されました。
『黄帝内経』の根底に流れているものは気の思想です。
宇宙は気の力によって動いていて、気は陰陽論と五行説の法則に従ってめぐります。
人は宇宙の縮図(天人相関)なので、宇宙と同様に人体にも気が流れていて、
気によって命が育まれるとされています。

この考え方は、中国の戦国時代の自然哲学であり、
道教の根本思想を説いた老子や荘子の宇宙観が基礎になっています。
荘子は、「広大な宇宙のどこから一切万物は生まれてくるのだろうか。」という問いをなげかけ、
そして「人の生命は気の集まりである。気が集まったのが生命であり、消散したのが死である。」
と説いています。

また、老子は、万物生成の課程について次のように説明しています。

~~~~~~~~~~~~
道は一を生じ、これを元気と言う。一は二を生じ、陰陽の二気となる。
二は三を生じ、三は和気となる。そして三は万物を生ず。
~~~~~~~~~~~~

老子や荘子は、気の流れによって、すべての現象を説明します。
宇宙を満たしている気の流れと、人間の生命の源である規を同じものだととらえます。
宇宙を流れる気のめぐりは、人間社会も天地自然も包含しています。
宇宙をめぐる気の流れが、命の根源であり、道なのです。

『黄帝内経』には、人体には経絡(経脈と絡脈)というルートがあり、
そこに気が流れていると書かれています。経絡は、手足・頭・内臓等を経由して、
全身をくまなくめぐります。経絡のどこかで気の不足や滞りが生じると病気になります。
病気というのは文字通り「気の病」なのです。足先を主にめぐる経絡に気が不足すると
足の冷えやしびれが現れたり、頭を主にめぐる経絡に気が滞るとめまいや頭痛が現れたり、
下腹部を主にめぐる経絡の気の不足や滞りで生理痛や生理不順を引き起こすなど、
どこの部分の経絡に気の不調和が生じるかによって、それぞれ特徴的な症状が現れます。

どの経絡に気の不調和があるのかを問診・脈診・腹診などで診断して、その診断結果に応じて、
それぞれの経絡に点在する経穴(いわゆるツボ)に鍼を施します。

経絡の気の不足や滞りを解消し、気がスムーズに流れるようになると、
種々の症状も自然に解消されてゆきます。

2 大自然と人体の共通法則 ~ 陰陽論・五行説・五運六気 ~

太陽が昇り沈み、月が満ち欠け、季節が移り変わるというような大自然の変化は
気の働きによっておこなわれており、
気は陰陽論:インヨウロンと五行説:ゴギョウセツの法則にしたがっています。

昼と夜・夏と冬・男と女というように、すべての事物を陰と陽の二つに分類して、
そこに法則性を見いだして不可思議な大自然の把握を試みたのが陰陽論です。
宇宙の本質は気であり、陰の気と陽の気が対立したり協調したりして全体の調和が保たれています。

一方、五行説においては大自然の事物を五つに分類します。
五行は木・火・土・金・水の物質に象徴されていて、例えば季節は、
春は木の性質・初夏は火の性質・盛夏は土の性質・秋は金の性質・冬は水の性質を有していると考えます。
このようにして大自然の事象を五行にあてはめて五つの物質の間に働いている関係を法則化してゆきます。

陰陽は三つずつあって、三陰と三陽で六気となります。
五行は木火土金水の特性を有していて、それらがぐるぐるとめぐって五運となります。
それが結びついて五運六気:ゴウンロッキとなります。

五運にも陰陽があり、兄と弟に分かれて
甲:キノエ・乙:キノト・丙:ヒノエ・丁:ヒノト・戊:ツチノエ・己:ツチノト・
庚:カノエ・辛:カノト・壬:ミズノエ・癸:ミズノトの十干:ジュッカンとなります。
六気は陰陽に分かれて十二となり、これは子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥の十二支となります。

この十干と十二支が組み合わさって、自然界の法則を織りなすことになります。
すなわち宇宙をめぐる気の流れには五運六気という法則があるわけです。
年月も五運六気の組み合わせでめぐってゆきます。

上野の彰義隊の戦いの戊辰:ボシン戦争は1868年の勃発ですが、
この年は戊辰:ツチノエタツの年でした。
甲子園球場は甲子:キノエネの年にあたる1924年に完成しました。
丙午:ヒノエウマという組み合わせの年もめぐってきます。
ついでに言うと、丙午の女性は、気が強くて男を食い殺すなんていうのは事実無根で、
運気論とは全く関係ないところから出てきた迷信です。

このように年ごとにいろいろな運気の組み合わせがありますが、年だけではなくて、
日とか時間にも運気が当てはめられています。有名な酉の市は、十一月の酉の日に行われる祭りで、
年により二回または三回あります。

十干と十二支の組み合わせが最初の甲子に戻ってくるのは六十階目です。
ですから六十年目毎に自然界の天運地運が交代すると見るのが運気論のあらましです。
人も六十年で再び生まれた年の干支:エトにかえるところから還暦と称してお祝いします。

要するに五運六気は気の流れだと考えればいいわけで、五運六気が正しくめぐっている時には、
世の中が平穏だということになります。大自然の五運六気のバランスが乱れると、
気の流れが乱れて嵐や地震などの天変地異が発生するとされています。
人体における五運六気のバランスが乱れると、種々の症状が発生して病気(気の病)の状態になります。

3 元気で長生きの秘訣

漢王朝の時代に編纂された『黄帝内経』は、
黄帝:コウテイという王様と岐伯:ギハクという医者との問答形式で書かれています。
この本で説かれる医学は「気の医学」です。すなわち、大自然のリズムに順応して
陰陽論・五行説の法則に則って、適度な運動と適度な急速をとり、暴飲暴食を慎み、
必要に応じて鍼で気の流れを調和してゆけば、心も身体も健康な状態で長寿が実現できる
というように説かれています。前項で述べたように、六十年は宇宙の気の流れが一回りする年です。
そこが折り返し地点ですから、宇宙の気の流れに順応すれば
人は百二十歳まで生きることも可能だということになります。

以下は『黄帝内経』における黄帝と岐伯の問答です。二千年前に書かれたものなのに、
そっくりそのまま現代人に当てはまるようです。

~~~~~~~~~~~~
大昔の人のほとんどは、養生の道理をわきまえ、季節の変化に合わせ、節度ある食事をして、
労働と休息にも規律があり、働きすぎることはありませんでした。
それゆえに肉体と精神は健やかで盛んであり、本来享受すべき年令まで生きることができました。
現在の人はそうではなく、酒を水のようにがぶ飲みし、
異常な生活習慣を平常だと勘違いして色欲にまかせて精力を使い果たし、
命の原動力である気を消耗させています。労働と休息とに一定の規律はなく、
一時的な快さを貪り享楽するばかりです。こんなことだから五十歳になるやならずで衰老してしまうのです。
古代の養生の道に通じている人は、次のように述べました。
「季節や気候に順応して、心がけは安らかで静かであるべきで、
貪欲やみだらな妄想は慎まなくてはならない。そうすれば気も調和し、精神もすり減ることはなく、
病が襲うことはない。」
このため大昔の人々は、心はのどかで、欲は少なく、肉体の過労もないので、
体の気は調和のとれた流れ方をしていました。それぞれの望むところは満たされ、
食べたものをおいしく思い、自分が着ているものを心地よく感じ、生活習慣を楽しみ、
地位の高低をうらやむことはありませんでした。
このように人々は素朴で誠実だったので、不健康な嗜好も彼らの耳目を揺さぶらず、
淫らな誘惑も彼らの心をまどわすことはありません。だから皆が百歳を越えることができて、
動作にも衰えたところがないのです。これは彼らが養生の道をわきまえていたからであり、
そうであるからこそ重大な病に伏せることはなかったのです。
(黄帝内経・上古天真論篇から意訳して引用)
~~~~~~~~~~~~

4 共通感覚

日本のほとんどの盲学校には、鍼師を養成する課程が設けられています。
日本の鍼師のおよそ3割は視覚障害者が占めており、視覚障害者の職業として定着しています。
これは世界に類を見ないことであり、鍼の発祥の地である中国でさえ、
鍼の仕事に携わっている視覚障害者は存在しません。

十七世紀に江戸に幕府が開かれて、戦乱が収まるようになると、
あん摩や鍼が庶民のための治療法として普及してゆきました。
このころから日本において鍼を職業とする視覚障害者が登場してきます。

慶長十五年(1610年)に生まれた杉山和一:スギヤマワイチは、幼くして病にかかり失明します。
彼は鍼術を学ぶために江戸に出てきますが、生まれつき性格が魯鈍で、記億力が悪く、
少しも鍼術は上達しませんでした。自らの不遇を嘆き挫折しかけますが、
弁財天から能力を授かって立ち直り、刻苦勉励の末鍼術の奥義を究めます。
江戸で開業するや、名声は大いにあがってゆき、その名は江戸城にも伝わり、
将軍綱吉の侍医をつとめその病を癒しました。そして将軍の命令をうけ鍼講習所を設立し、
鍼を盲人の職業として定着させることに成功しました。

そのような歴史的経緯もあって、日本においては、目の見えない人が鍼の仕事にたずさわることが
当たり前のこととして受け入れられてきました。
「こんなに細い鍼を目の見えない人がとり扱うのは無理ではないのか。
目が見えない人が人に鍼を刺すなんて危険ではないのか。」というように思う人もいるかも知れません。
そのような疑念は、日本の多くの視覚障害者の活躍ぶりを見れば払しょくされるはずです。
江戸時代はもとより、現代の日本においても盲目の名人鍼師は数多く実在しています。

鍼は気の医学であり、体の気を調えることがその目的です。鍼を持つ手に力が入っていたり、
手元をのぞき込んで姿勢が悪くなったりすると、気は動きません。
鍼治療には腕力も視力も必要ないのです。

私は盲目ですが、若いころは目が見えていたので、
見える世界と見えない世界の二つの世界を経験してきました。
人間の生活は、一般的にいって視覚情報に依存する度合いが大きいとされています。
視覚情報は便利で効率的ですが、その中にはどれほどの意味あるものが含まれているのだろうかと、
見えない世界に暮らしている私はしばしば感じます。

体性感覚(触覚と運動感覚)と聴覚や嗅覚などを統合して得られた情報というのは、
視覚情報と比べれば効率は悪いかもしれません。しかし、量よりも質という観点で考えてみると、
体性感覚や聴覚などを統合して得られた情報というのは濃厚な意味をより
多く含んでいるのではないかと思います。

ヨーロッパの中世世界では、洗練された世界と通じ合う感覚は聴覚とされていました。
信仰とは、まさに「神のことばを聴く」ことでした。
中世では視覚は、触覚のあとに第三番目の位置を占めていたにすぎません。
つまり、五感の序列は、聴覚、触覚、そして視覚の順でした。

ところがルネサンス期になって、そこに価値の転倒が起こり、
眼が知覚の最も重要な器官と見なされるようになりました。
ですから、ルネサンス時代の芸術は色彩豊かで視覚に直接訴えかける美しさがあるのではないでしょうか。

ルネサンス期以降の近代文明も、触覚と切りはなされたかたちでの視覚優位の方向で発展し、
「もの」との間に距離をとって観察して、それらを対象化するという方法がとられるようになりました。
そして近代科学は、普遍性と論理性と客観性という、自分の説を論証して他人を説得するのに
きわめて好都合な三つの性質で武装しその力を誇示してきたのです。
近代物理学の機械論的自然観は、その方向の代表的な産物です。

確かに視覚が優位に立った近代科学は、私たちに多くの便利さをもたらしてくれました。
その反面、視覚が独走した近代科学は、「見られるもの」と「見るもの」を引き離しました。
「見るもの」は「見られるもの」を物体化し、
「見るもの」のまなざしは冷やかなものに変貌してしまったのです。

近代科学の延長線上にある現代西洋医学においても、
機械論的自然観を人体に適用することにより、
普遍性と論理性と客観性を有する精密な診断を下すことが可能になりました。
そして視覚優位の画像診断装置がひしめく病院においては、「見るもの」の側の医師と
「見られるもの」の側の患者との間に距離がおかれるようになり、
手で触れて感じとる診察はあまり行われなくなってしまいました。

一方、ルネサンスの芸術よりも、はるかに古い歴史をもつ鍼治療は、
視覚情報よりも体性感覚の情報(手で触れて感じとること)を重んじます。
脈診や腹診はもとより、鍼の微妙な操作などはほとんど視力は必要ありません。

人の髪の毛の太さは男性よりも女性のほうが約100分の1ミリ細いそうです。
これは肉眼ではわからないけれども、手で触ってみればその差はわかります。
このことでもわかるように、手で触れてみるということは、とても繊細な感覚なのです。

現代医学を科学の知とするならば、鍼の医学は臨床の知と言い換えることができるでしょう。
科学の知が冷ややかなまなざしの知、視覚独走の知であるのに対して、臨床の知は、
視覚が働くときでも、単独にでなく他の諸感覚とくに触覚を含む体性感覚と結びついて働く
共通感覚的な知であることになります。

私は東洋はり医学会に所属し、鍼治療の実践的な勉強をしています。
私の師匠たちは、共通感覚に基づいた臨床経験を積み重ねて、鍼の奥義を究めてきました。
その師匠たちは、包容力と良識に満ちあふれています。
共通感覚に基づく経験は、包容力と良識を培い、
さらに人を悟りの境地に導いてゆくのではないでしょうか。

鍼による治療効果とは、言い換えれば患者の自然治癒力による効果ということになります。
でも自然治癒力の効果なら、本人にまかせておけばよいというわけにはゆきません。
患者が来院するという事実は、本人の治癒力がうまく働いていないことを意味しているのですから、
そのような状況をどう判断し、どのようにすればいいのか、ということが問題になります。
このことを解決してゆくために、患者の自然治癒力に頼るといいつつ治療者が必要になってきます。

このような仕事に関しては、治療者は患者に勝る者の側に立つのではなく、
患者と共に治癒への道を歩む同伴者でなくてはなりません。
治療者と患者の関係は、とても大切な意味を持つものなのですが、
その関係のあり方は、一般的に考えられているような「診察する人」と「診察される人」というように、
一方通行の関係とは異なるものなのです。

すべては元気から起こり、元気へと帰ってゆきます。
そこはすべてが気で交流している世界であって、主観と客観との対立以前の、根源的な有り様です。
この一体感の世界に、近代文明はいくつもの仕切りを立てて、切断し、分類し、定義づけて、
自然科学の体系をつくりあげてきました。自然科学の意識にのみ頼るときは、気というのは、
意味のない偶然と見なされるか、大昔の非現実的な迷信扱いをされることになります。

現代医学における精密な診断と高度な治療技術は、人類の健康に大きく貢献してきました。
その反面、客観的に精密に分析するために、「診察される人」は物体化され機械化され、
「診察する人」は「診察される人」を冷やかなまなざしで物体化し支配するようになりました。
かくして両者の間は、物理的にも精神的にも距離がとられるようになり、気の交流は断絶するに至るのです。
それに対して、人間と宇宙、人間と人間をそのような分裂や対立から救い出し、
ふたたびそれらを気で結びつける力をもっているものは、
温かいまなざしと温かい手を用いる鍼治療ではないでしょうか。

鍼治療の目的は気の調和です。その治療の過程において、
患者の気も治療者の気もともに調和してゆきます。治療が終わったときには、
患者の脈が心地よく拍動し、身体全体がまばゆいほどの光りで包まれます。
それと同調するように、治療者の脈も心地よく拍動します。
このとき、自分自身も癒されているのだと実感します。人を救い自分も救われるということが、
治療者にとっての最高の境地だと思います。

F 無為自然の生き方

1 水のように生きる

無為自然の処世哲学を説いた老子は次のように述べています。

~~~~~~~~~~~~
およそ草木にいたるまで、生物は生きているときは柔らかくもろいが、死ぬと枯れて堅くなる。
だから堅く強いものは死の仲間であり、柔らかく弱いものは生の仲間である。
~~~~~~~~~~~~

肩こりや腰痛など、筋肉が堅くなっているのは、身体を流れる気が滞っている状態です。
また、気分の落ち込み・不安感・イライラ等も、
気の流れが滞って気持ちの気がこり固まっている状態だと言えます。

気のとどこおりを解消して、全身の気を調和させることが鍼治療の真骨頂です。
気がさらさらと流れれば、心も体も柔軟になり、本来あるべき人の姿にもどってゆきます。

柔軟といえば、水ほど柔軟なものはありません。
老子は「上善は水のごとし。」と述べ、
水のように生きるのが最良の生き方だと説いています。
水は決して争おうとはせず、丸い器に入れば丸くなり、四角い器に入れば四角になる。
形にとらわれず、自由自在です。形を持たないから、どんな小さな隙間にも入ってゆき、
どんな巨岩をも粉々にしてしまう。すなわち水とは、柔らかく弱々しいことに徹して、
何よりも強いともいえるでしょう。

水のように柔軟な心身が理想的です。だからといって、
筋トレやストレッチでゆるめようとがんばりすぎると、
かえって気の流れが滞って堅くなってしまいます。
老子は、「為す無くして為さざるなし。」と説いています。
「為す無くして」の意味は自然に従うことだと解されています。
それは、物事の自ずからそうなるところ、そうあるところに素直に従いまかせるという意味です。
これが老子が説く人の本来の姿です。

ぶらぶらと近所を散歩するだけでもいいですし、
あるいはお仕事の合間に腰かけたままで足首をぐるぐる回したり、
足の指の曲げ伸ばしをするだけでもいいです。そのように関節を動かすだけで
筋肉の伸びチジミが起きて、筋肉のポンプ作用で血液循環がうながされて、
足が温まり、足腰の緊張がほぐれます

また歩きながら腹式呼吸をするのも、身体の気の流れをうながす効果があります。
口から4回息をはいて鼻から2回吸う「はいてはいてはいてはいて・吸う吸う」という感じです。
まず肺に溜まっている空気をゆっくりとはいてから、新鮮な空気を吸うのがコツです。
この呼吸をしながら10分程度歩くだけでも、心身の緊張がほぐれて爽快な気分になります。
これらのように、何か自分のできるはんいで、「自然に任せて作為しない」という方法を見つけてみましょう。

2 自然との一体感

大自然の中につつまれていると、私たちは心もからだも癒された気持ちになります。
例えば、山の頂きで夜明けを迎えるとき、言葉では表現しきれないほどに感動することがあります。
拡がりゆく薄明のかなたの地平線に太陽が顔をのぞかせて、
森羅万象が深い眠りから目覚めたとき、
宇宙の気の流れと自己とが一体化したような感覚さえ覚えることがあります。

日々の生活のなかでは、そういう全身的な感覚を感じることが少ないものです。
しかし、大自然と自己との一体感というのは、太古からの記憶として潜在意識の中に継承され、
現代人のうちにもそのような感覚が保たれているはずです。

二千年前に編纂された『黄帝内経』には、
「大自然の変化に応じた生活をして、また気候の変動に注意して、
心は安らかで静かであれば、病が襲うことはない。
鍼というのは、生命のリズム(人の気)と宇宙のリズム(天地の気)とを調和させて、
病気の予防や治療をするための道具である。」というようなことが説かれています。

日々の生活の中で、疲労を感じたり、気分が落ち込んだり、カゼかなと感じたり、
コリや痛みを感じたときに、カゼ薬や鎮痛薬ばかりにたよるのではなくて、
大自然の気と同調するような生活パターンの工夫をしてみてはいかがでしょうか。

わざわざ山登りをして御来光というのは大変ですから、
朝日を浴びながら近所のウォーキングとか、昼休みにひなたぼっこをしながらストレッチとか、
夕日を浴びながら腹式呼吸とか、星空を見上げて視力調整とか...、
そんなささいなことでも大自然の気と人体の気との調和が可能なのです。
これを習慣化すれば、自然治癒力が高まり、疲労回復やコリ・痛みの改善に効果が出てきます。

3 ロハスへの道

最近、ロハス(LOHAS)という言葉を時々耳にします。
これは「健康で持続可能な社会を志向するライフスタイル」
という意味の英語の頭文字からきているそうです。

古代中国においても、大自然と共存しながら無理なく健康的に暮らすということを
実践していた人たちがいました。
道家の根本思想を説いた『荘子』という書物には、次のような寓話が記されています。

~~~~~~~~~~~~
ある日、南海の帝と北海の帝が中央の帝の池でめぐりあった。
中央の帝はこの二人を手厚くもてなした。そこで二人の帝は中央の帝にお礼をしようと考えた。
人間には目と耳と鼻と口という穴があいている。しかるに中央の帝にはそうした便利なものがない。
せめてもの恩返しに、目と耳と鼻と口の穴をあけてやろうと思いつき、
二人は穴をあけてあげた。数日後に穴が完成したときには、中央の帝は死んでしまった。
~~~~~~~~~~~~

南海の帝と北海の帝は、知識の神を象徴しています。
中央の帝は、混沌にして優大な大自然を象徴しています。
中央の帝をそのままにしておけば、そこには悠遠の生命があったはずなのに、
おせっかいな知識が命を縮めてしまったわけです。

引き算をしてみたら、案外うまくゆくこともあるものです。
有益だと思うことを一つ始めるよりも、
無益なことを一つ減らした方がうまくゆくこともあるのです。
道(タオ)に目覚めた人は、余計な知識をどんどん減らしてゆき、
最後には無為の境地にたどり着きます。そして何ものにもこだわらず、
あるがまま自然に生きられるようになります。
健康のために、あれもこれもと付け足すのではなくて、余計なものを減らしていった方が、
より自然で無理のない健康な状態に近づくこともあります。
そういうのも、道の生き方なのかも知れません。

ところで、オーストリアのツヴェンテンドルフ村というところには、
世界一安全な原発があるそうです。三十数年前に建設されたのですが、
住民投票で半数以上が反対したため、一度も稼働することがありませんでした。
それが数年前に、太陽光パネルを備えた太陽光発電所に生まれ変わったそうです。
オーストリアの人たちは引き算をすることによりロハスへの道を歩みつつあるように感じます。

4 美しい姿勢

オリンピックでメダルを手にするような一流のスポーツ選手は、
とてもかっこいいものです。美しい姿勢としなやかな身のこなしが、
そのかっこよさの秘訣ではないでしょうか。

脳外科の権威者・林成之氏は、美しい姿勢について次のように述べています。

~~~~~~~~~~~~
姿勢は健康や運動能力だけではなく脳の思考能力にも影響を及ぼしている。
姿勢がよいと、脳の活性化を促す。
美しい姿勢のポイントは目線・腰・肩胛骨の三つの位置とバランス。
(林成之著,「勝負脳」の鍛え方,講談社から要約抜粋)
~~~~~~~~~~~~

一流のスポーツ選手は、目線・腰・肩胛骨の三つの位置とバランスが整っているそうです。
私たち一般人も、日頃の姿勢や歩き方について、
この三点を水平に保つようにすることが大切です。
歩くときも、机で仕事をするときも、左右の目線をまっすぐにして、
左右の肩の高さを同じにして、骨盤が傾かないようにします。
このような美しい姿勢を保てば、疲れにくくなり、脳が活性化して仕事の効率も上がります。

体を流れる気の不調和が骨格のゆがみや筋肉のコリをひきおこし、
また体のゆがみは気の流れを不調和にします。鍼をする治療者の姿勢が悪いと、
患者の気の流れを調えることはできません。
すなわち、目線・腰・肩胛骨の位置やバランスがよくない状態で鍼をすると、
治療効果もおもわしくないのです。

私は美しい姿勢で鍼をするために、水平線から太陽が昇ることをイメージしています。
イメージの中の水平線に合わせて目線・腰・肩胛骨を水平に保ち、
垂直に日が昇ることをイメージして背骨から頭の中心に垂直線を描きます。
また、空と海の割合が五分五分のところにある水平線を眺めるようにすると、
うつむくことなくアゴが上がらず、まっすぐな視線を保つことができます。

このようにすれば、治療する側の体の無駄な力が抜けて気の流れがよくなり、
それに同調するように患者の側の気の流れもよくなり治療効果が上がるのです。

体のゆがみは、言いかえれば気の流れの不調和です。
鍼治療で気の流れを調えればコリや緊張のない美しい姿勢をとりもどすことができます。

5 ストレス対処力を高めるために

「鍼治療でストレスをなくすことはできますか。」と質問されることがあります。
「ストレスをなくすことはできませんが、ストレスに負けない心身にすることはできます。」
と私は説明しています。

ストレスは心身の不調を引きおこすこともありますが、
一流のスポーツ選手は、強いストレスを受けながらも大活躍をします。
人はストレスと向き合い、それを一つ一つ克服することにより、
心と体の成長と成熟がなされてゆくものです。

しかし、ストレスは万病の素と言われるように、胃潰瘍・不眠症・うつ病など、
種々の病気を引きおこすこともあるので、うまく対処してゆかなくてはなりません。
健康社会学者のアーロン・アントノフスキーは、ストレス対処力ということを提唱しています。
ある人が非常にストレスを感じていても、同じ境遇の人がまったく平気な顔をしていたり、
重病の患者の中にも活き活きと人生を楽しんでいる人もいます。
ストレスに対して柔軟で適切な処理ができて、
ポジティブな方向にもってゆける力をストレス対処力と呼び、
それが高い人ほど種々の困難をしのいでゆくことができるというのです。

ストレス対処力が高い人というのは、「なんとかなるさ」という楽天的なタイプが多いそうです。
こういうタイプはチャランポランな人だと思われがちですが、
困難において、確かな希望と期待を抱きながらも、同時にそれに執着しすぎないという、
絶妙の柔軟性をもって適切な対応ができるそうです。

このことは、無為自然を説いた老子の思想にも通ずるものがあります。
物事はおのずからそうあるのだから、作為せず自然に従うことが徳につながる道だと
老子は説いています。
気楽に生きるということは、なまけて生きることではありません。
人には無為自然の素質が生まれながらにそなわっています。それを確信すれば、
おおらかに生きてやろうという気持ちになれます。
東洋医学においては、人間本来の自然な姿に帰ることが健康な状態だとされています。
鍼治療の目的は気の調和です。これは体の中を流れる気の調和ということですが、
宇宙を流れる気と体を流れる気を調和させるという意味もあります。
そうなれば、自ずからストレス対処力も高まることでしょう。

6 癒えるまでの道

人は様々な経験を積み重ねて、心身の成長と成熟をとげてゆきます。
経験とは、出来事に出会うこととか能動的に振る舞うことだけではなく、
そこには他者からの働きかけを受けたり、苦しみを受けるなどの受動的な事柄も含まれます。
このようにして、人は現実がもたらすさまざまな障害のなかを、
あちらこちらの壁に突き当たりながら生きてゆき、経験を自分のものとして獲得してゆきます。

古代ギリシアのことわざに「苦しみを受けた者は学びがある」という言葉があります。
これは、人が経験によって学ぶというのは、何かを体験することだけではなくて、
人生において被る苦しみを自分のものとして受け容れることであり、
それによってもう一段高い境地が見えてくるということが示唆されています。

人が生きてゆく上で、病は大きな苦しみとなることがあります。
明治初期の漢方医、和田啓十郎:ワダケイジュウロウは、病について次のように述べています。

~~~~~~~~~~~~
もし病毒が人を冒すと、これに対して反応作用をおこして抵抗しようとする。
その反応作用は、発熱・喀痰・嘔吐・下痢・化膿・下血などの症状として現れる。
そのようなものを疾病と人は呼んでいる。疾病というのは、病毒に対する自然治癒の反応作用であり、
病になるために症状が出るのではなくて、病を癒すために症状が出るのだ
ということを知らなくてはならない。
(和田啓十郎著,医界の鉄槌から意訳して引用)
~~~~~~~~~~~~

体に出る症状というのは、身体が病毒と戦っていることの表れであり、
自然治癒力が働いていることの証です。
病苦の峠は健康をよびもどすために通らなくてはならない道なのです。
医師や鍼師は、自然治癒力を高めるために薬や鍼を用いるべきです。
自然治癒力が十分に備わり、病毒と対抗する力が十分であれば、
病苦の峠越えはそれほど困難なことではありません。

7 こだわりとあきらめ

ある一つの物事にこだわり続けて、それが思い通りにならないときに人は苦悩するものです。
あきらめてしまえば楽になるのに、なかなかあきらめきれません。

「こだわる」という語は、つまらないことを必要以上に気にして
気持ちがとらわれるというのが元々の意味ですが、
近年では「こだわりの逸品」のように、妥協しないでとことん追求するような
肯定的な意味で用いられることも多いようです。

「あきらめる」という語は、希望や見込みがないと思って断念するときなどに使われますが、
国語辞典によると「事情を明らかにする」とか「心を明るく楽しくする」という意味もあります。

私は三十歳代で失明したのですが、
段々と見えなくなってきたときに「見えていたい。」というような、
見ることへのこだわりを捨てられませんでした。いよいよ見えなくなったときに、
見えないことを自分の人生として受け入れたわけですが、
受け入れたということはあきらめたということでもあります。
でも、あきらめたことで、自暴自棄に陥って暗い人生を歩んできたわけではありません。
あきらめることで、明らかになり、明るくなったことも少なからずありました。

物事のどこに重きをおくかによって歴史の事実が変わるのだというようなことが
何かの本に書いてありました。歩んできた人生も一つの歴史だとするならば、
その人が何にこだわり続けて、どのようにあきらめてきたかによって、
その人生のありさまも変わってくるはずです。

景気の低迷がいつまで続くのか、頻発する紛争がさらに激化するのか、
見通しのきかない世の中において、将来への不安感とどうにもできないという
無力感が世間に漂っています。その不安感や無力感を打ち消すかのように、
世間の物事から目をそらし、あきれるほどの迷信に心を奪われる人がいたり、
物や金にこだわり続ける人がいるなど、
あきらめきれずにずるずると深みにはまり込む姿が見受けられます。

余計なことにはこだわらず、中心を見すえて、いさぎよくあきらめて、
高い境地に到達した人がいます。片道24キロの険しい山道を16時間かけて1日で往復し、
九年をかけて48000キロを歩き通すという大峯千日回峰行を達成した
塩沼亮潤氏の著書に次のような記載があります。

~~~~~~~~~~~~
それでも「なんとか悟らねば、もっともっと悟らねば」と、変な力を使っておりましたが、
段々と自分の存在が大自然の中でいかにちっぽけなものかに気づきます。
「人間は雨を降らすことも風を吹かすこともできない存在である。
けれども大自然の中のかけがえのない一員なのだ。」と気づいてからは、
大自然と同化してしまうようになりました。(中略)
その頃には、一歩一歩「謙虚・素直・謙虚・素直」と、心の中で唱えながら、
軽やかに明るく、まるで幼子が野山を散歩するように歩いている自分がいました。
しかし同時に心の中では、それと相反する「一つの妥協も許さない。」という、
厳しい、まるでサムライのような自分もおりました。
(塩沼亮潤著,人生生涯小僧のこころ,致知出版社から引用)
~~~~~~~~~~~~

余計なことにはこだわらず、いさぎよくあきらめるが、
真に大切なことにはこだわり続け、明らかで明るい道を進んでゆく、
それが塩沼亮潤氏の生きる姿のように思います。

鍼治療の目的は、不足した気を補い、滞った気を流し去り、
全身の気の流れを調和させることです。その気の流れの状態をみるために脈診をするのですが、
些細なことにこだわっている人は気の流れがとどこおりがちな脈になり、
あきらめきれずにくよくよしている人は気の流れが弱々しい脈になることが多いように感じます。
そんな脈を診ると「もっと気楽にすればいいのになあ」と思うことがあります。

気楽に生きるというと、ぐうたらをして怠けて生きることと思いがちですが、
そういうことではありません。私たちのからだには命の源の気が流れています。
これは宇宙からの豊穣な授かり物です。エネルギーとなり、力となります。
それを感じることです。おおらかになれます。つまらないことにはこだわらずに、
いさぎよくあきらめて、生きてやろうという気持ちがわいてきます。
それが気楽に生きるということではないでしょうか。

G 安心して効果的に治療をお受けいただくために

1 治療のときの服装は

ヒジやヒザまで簡単にまくり上げることができて、
お腹や腰がすぐに出せるような、ゆったりとした衣服が適当です。
ジーンズのようなかたい生地の衣服は治療を受けるには不適当です。
手や足にも鍼やお灸を施しますので、治療の際は靴下・ストッキングはお脱ぎになってください。

奏玲治療室では治療用の衣服を用意しておりますので、お勤め帰り等でもお気軽にご来室ください。

2 飲食や薬は

治療前後にお食事をしても問題アリマセン。

鍼治療と薬のかけあわせで副作用が出ることはありませんので、常用薬もいつも通りのご使用で大丈夫です。

3 診察から治療までの流れ

問診=「どうされましたか?」というように室長がうかがいますので、
おつらい症状についてお気軽にお話しください。

いちばんおつらい症状(主訴)以外の症状でも、
主訴との関連があることもあり得ますので、ご自分の状態をなるべく詳しくお話しください。
また、主訴とは関連なさそうなことをうかがう場合もありますが、
これは主訴との関連性を考慮しての問診ですので、ご協力をお願いいたします。

触診=全身の状態を把握するために丁寧に触らせていただきます。
例えば「肩こり」の場合、肩がこって頭がのぼせていて手足が冷えているようなこともありますので、
肩の触診に加えて手足や腰などの触診もさせていただきます。

腹診=おヘソを基点として、その左右上下の緊張・冷え・熱・ざらつき・などを手で確かめます。
東洋医学においては、お腹は全身の状態を反映するところと考えます。
ですから腹診は治療方針を決める重要な手がかりとなります。

脈診=奏玲治療室では脈診流の鍼治療をおこなっています。
脈診とは、手首の動脈の拍動の状態を診察するものですが、
東洋医学においては単に脈拍数だけを計るのではなくて、強弱・堅さ・太さ・浮き沈みなど、
いろいろな状態を観察します。脈はお腹と同様に全身の状態を反映しているものなので、
脈診は、治療方針を決める重要な手がかりとなります。

鍼の治療=診察により治療方針が決まれば、いよいよ鍼やお灸の治療に入ります。
治療時間は症状によって異なりますが、概ね30分程度です。

鍼先を皮膚の表面のツボに接触させる程度で十分な効果がありますから、不快な痛みはありません。

鍼は滅菌済みのディスポーザブル鍼(使い捨て)を使用していますから清潔で安全です。

お灸の治療=お灸には大きく分けて二つの種類があります。
一つは皮膚に直接お灸を乗せて火をつける透熱灸ですが、これは慣れないとかなり熱くて、
1週間ほど痕が残ることがあります。
もう一つの種類は温灸と呼ばれているもので、これは皮膚に直接お灸は乗せないで、
少し離れたところから皮膚を温めるものなので、熱すぎず皮膚には痕が残りません。

奏玲治療室では温灸をおこなっています。温灸は「ホンワカ温かい」と患者さんからも好評です。

4 治療の後は

気の流れが調和して、自律神経のバランスが調い、血液循環もよくなるので、
スッキリした気分になったり、体が軽く感じたり、
あるいは緊張がゆるんでゆったりした気分になることもあります。

治療の後も普段通りにお過ごしいただいて結構です。
運動・お風呂・お食事も普段通りで大丈夫です。

但し、症状によってはその日の入浴や運動をひかえた方がよい場合がありますので、
そのような場合は室長から助言をいたします。

5 治療の回数と間隔は

どのような症状であれ、少なくとも3回の治療が必要です。

初診から3回目までは3日か4日の間隔で、それ以降は1週間に1回の間隔が一般的です。
3回ほどの治療でほとんど改善するケースも多いですが、
アレルギー症状や慢性疾患などの場合は回数を重ねて体質改善をしてゆく必要があります。

気の流れを調和させて自ら治す力(自然治癒力)を高めることが鍼治療の主目的であり、
鎮痛薬や麻酔薬のように一時的に苦痛を麻痺させるだけのものではありません。
頑固な慢性症状も継続的に治療を重ねれば、自然治癒力が高まり必ず改善してゆきます。

終わりに

「氷をアイスピックで砕く。下水の詰まりを棒でつついて流す。土を桑で耕して柔らかくする。」
等々、砕いたり、流したり、柔らかくする方法はいろいろあります。

それと同じような要領で、体に鍼を刺して刺激を加えれば、
コリや痛みが消えるものでしょうか。氷や土のような「物」ならともかく、
命ある人の体というのは一筋縄ではゆかない相手なのです。

~~~~~~~~~~~~
北風が旅人の服を脱がそうとして力一杯にピューッと吹きました。
旅人は震えあがって、服をしっかり押さえました。北風がさらに強く吹きかけたら、
旅人は鞄の中から上着を出して着込んでしまいました。
次に太陽がポカポカと暖かく照らすと、旅人は自ら上着を脱ぎはじめました。
さらに照らし続けると、暑くなった旅人は服を前部脱ぎ捨てて、
川に飛び込んで水浴びをはじめました。
(イソップ物語「北風と太陽」から)
~~~~~~~~~~~~

もし北風があきらめずにさらに強く吹きかけたら、旅人の服は前部吹き飛ぶかも知れません。
そうしたら旅人の体はどうなってしまうでしょうか。

より太くて長い鍼を用いて、より深く刺して、より刺激を強くすれば、
頑固な緊張や痛みは消え去るかも知れません。
そうしたら強い刺激を受けた体はどうなってしまうでしょうか。

太陽が旅人の服を脱がすだけなら、ポカポカと心地よく照らす程度でよかったはずですが、
川に飛び込むほどに照らしたのはやり過ぎだったかも知れません。
でも北風がどんな加減で吹いても、旅人が自ら上着を脱ぐことにはつながりません。
北風と太陽とでは、旅人に対する働きかけの質が違います。

私は鍼を用いて、適度な加減に注意して、気の流れを調和させようと命ある心と体に働きかけます。
そうすると自然治癒力が高まり、心と体は治る方向へと自ずから歩み始めます。

鍼は道具なので、いろいろな働きかけ方ができます。
その中の一つを知っていただきたいと思い、この冊子を書きました。
それで「鍼~気を調えるもの~」というタイトルを付けました。
このような鍼の働きかけ方もあるのだということに気づいていただけたならばうれしく存じます。

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